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2009.09.19

レヒト『文化遺産を考える』

Roland Recht, Penser le patrimoine, Hazanである。初版は1999年、改訂版が2008年。

日本語の文化遺産関係の文献はつまらない。日本において遺産とは、ほとんど行政学であり、外国のものの紹介でも、法律、制度、それらの実施をシステマティックに紹介しているにすぎない。哲学がない。いっぽう、ヴィンケルマンがローマの古代遺跡についてキュレーターのような立場で仕事をしながら、古代美術の概念を推敲したように、文化財保存ということと、美学、美術史、博物館学、建築設計などは地続きの大陸のようなものであって、異なる領域でありながら、それぞれが合わせ鏡のようになっている。ヴィオレ=ル=デュクの保存理論が、建築の本質とはなにかを問いかけることで、近代建築の理論的基礎を準備したのはその好例である。しかしそのようなイマジネーションを日本の現実のなかでいだくことはほとんど非現実的であるという実感を毎日もたざるをえない。

などと考えながらレヒト(フランス語発音ではレシト?)の本をぱらぱらめくる。

「文化遺産を考える」という章では、文化遺産と美術史の関係を論じている。クラウトハイマーを引用して、美術史は芸術家のモノグラフから出発したが、そののちシュレーゲルやヴェルフリンに見られるように、固有名は排除された抽象概念の歴史になる。そのおおまかな枠組みのなかで、ローマのラファエル、美術地誌学の成立、ケリュス伯とヴィンケルマンの近代的科学的美術史、リーグルによる傑作主義の排除・装飾の重要視、ヴィンケルマンによるいわゆる歴史的叙述の否定、19世紀の美術史のサイエンス化、様式判定の重要化、・・・しかし結局、遺産は根本的に目録として存在するのにたいし、美術史はある原理として法則として存在するし、そのようなものとして自律性をますます強めるであろう。で、レヒトは、文化遺産は、行政や市場原理にゆだねられるのではなく、その固有性を守るために美術史との連携がますます必要になるのだ、という。フランスでも市場原理が脅威となっているようである。

「過去の制作」という章では、ゲーテの二面性、つまり若き日のゴシック賞賛とそののちの古典芸術賛美、あるいは芸術は個人的鑑賞なのか集団的表象なのかという、二面性があるが、それがじつはつながっているのだ、というような指摘がなされている。若い頃、ストラスブルグ大聖堂をみたゲーテは、ゴシックはすぐれてドイツ的な建築芸術であると主張する。レヒトは、ゲーテがとりあげたある中世芸術家の評価、フィレンツェ芸術、デューラー、カッシーラの芸術論、などさまざまに論じてゆくが、最終的にはレッシングの『ラオコーン』に至る。ゲーテがレッシングを読んだかどうか、評価したかどうか、はフランスやドイツでも明らかではないらしい。レヒトはしかし、ゲーテは『ラオコーン』の影響を受けたと判断して、論をすすめる。『ラオコーン』の本質は、蛇に身体を絞めつけられる人物の苦悩は、肉体のそれにとどまらず、内面の苦悩そのものであり、それはすぐれて個人の内面である、という。そしてゲーテは、この古典彫刻の美学を、ドイツの中世美術に、あるいはプロテスタント的文化に転用しようとした、と推論する。まさに「『美学における固有原理』とは『内省(自己を観察すること)』にある」ということであって、それが個人/集団といった表面的な矛盾の背後に、この哲学があった、という説明である。

レヒトは別の章では、美術館がもたらしたものは、芸術の集団的ではなく個人的な内省のようなものだ、といったことを指摘している。レヒトは徹底して個人をベースに美術や文化遺産のことを考えたいようだ。まあそれはとても古くさいことの主張なのかもしれない。しかしその古くさいことが、文化遺産論というもののなかでなされることが、ある状況を物語っているように思える。また別のパースペクティブを与えてくれる本でもある。

レヒトはもとストラスブール大学教授で、コレージュ・ド・フランス教授、そしてフランス学士院会員になった。べつに権威主義になるつもりはないが、美術館、文化遺産などを語るときに、美術そのもも、美術史そのもの、歴史的建造物そのもの、などと同じ大陸を共有しつつ、3世紀間のヨーロッパという時空のなかで、いろいろ思索し始めると、あまりに面白くてとまらなくなる。麻薬的な読み物でもある。

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