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2009.09.14

ナントについて

ナントはね。まあ医者に会いに行ったようなものさ。

ホテルの人にアポをとってもらって、しかもホテルの隣りの隣りだったので楽だったけれど、いい味出しているおやじであった。床にはファイルが無造作にごちゃごちゃ置いてあるし、おそよフランス人医師といったイメージではない。それでもアスピリンはとてもよく効いて(効き過ぎるくらい効いて)、平熱近くまで下がってくれた。

ここのカテドラルは盛期ゴシックのもの。最近15~10年くらいで完璧に修復していた。あまりに修復は完璧で、石壁も最近石切場から切り出した石材のようで、中世の建物という気がしない。最近の宮大工の技術で、奈良時代的に建物を完全に再建する、そんな印象である。悪いことではない。

保存。19世紀と20世紀では哲学が違う。19世紀は、まだ過去との連続感があって、中世人がやりのこしたことを継承して完成させようという意志があった。しかし19世紀末から20世紀にかけて、近代的な保存哲学が構築される。つまりある歴史的断面を永遠化することが、保存となる。新しい建材で補強するばあいも、その追加された新しい建材は、既存のものとはっきり区別されねばならない。1964年のヴェネツィア憲章の内容である。

しかしぼくはこの近代的保存の概念にどうも違和感を感じるようになってきている。基本的にオーセンティシティーとか、その根底にある科学的根拠というのは、1×××年においてこうであったという状態を、資料によってそれが確定されるということを根拠にして、永遠化しようというものである。

そこにないのは、建築の理想的姿ということである。中世の建物も、いわゆる歴史的建造物も、廃墟となったということだけではなく、そもそも建設者が意図した理想的状態に至ったかどうか、ということになると、じつは歴史的建造物というものはほとんどは未完成のままである、といっても過言でないような気がする。とくに宗教建築は、予算との整合性はまったく念頭におかないものであって、完成を、理想を念頭におきながらそれへはほとんど到達できないような構図を内包している。

ヴィオレ=ル=デュクが目指したのも、壊れた建物の修繕ということではなく、中世が完成させずにおいた理想的建築を自分が完成させるということであった。だから彼の論考は、そもそも建築とはなにか?という根本的な問いかけであった。だからそれをジャンピングボードにして近代建築運動が展開される。つまり保存が近代を生んだのである。しかし多くの日本人は逆転した理解をしたままである。

ナントの旧市街地はなかなか活性化されている。主要なところはペデストリアンであり、飲食店は道にテーブルを出すので、町中がレストランになったかの状況を呈するのである。

ライフスタイルとしては。5時まで、仕事。終わるとただちにカフェにくるか、いちど帰宅して着替えて、都心にもどってくる。日没の20時すぎまでは、そこでビールやなんかを飲みながら、友人たちと談笑する。食事は20時半ころからであろう。2時間ほどかけてゆっくり食すれば23時近く、大いに飲み、食し、歓談し、人生を謳歌し、明日の仕事にさしつかえない時間に帰宅する。

でもこんな生活をナントのひとびとは何百年も続けてきたわけでもないだろう。路上で食するのはレトロのようで近代的なのかもしれない。ただ観察者にとっては、ナントの人びとはそのような生活をしてまさに幸せであるという、その幸せ感の充満度が印象的なのである。つまり中心商店街が活性化されているわけだが、それは人びとが、自分たちの望みどおりのことをできるからである。でも日本人は、ツーリズムでも中心商店街でも、なにが幸せかをじつは誰も知らない。ぼくらはあまりに儒教的なのであろうか?

パリに着いて、書店でGilles Pinson, Gouverner la ville par projet, SciencesPo., 2009(ジル・パンソン『プロジェクトによって都市を統治する』)を見つけた。ナントや同規模のヨーロッパ都市について書かれた書なので、買ってパラパラ頁をめくってみる。地方分権によって地域州が、グローバル化によって世界経済が中心的役割を果たすようになって、「都市」はその地盤沈下が懸念されてきたが、この「プロジェクト」というものを中心に据えることによって「都市」はアクターとしての役割を維持している、というような骨子である。また「計画」が国家が予算措置と完成図を保証しているのにたいし、「プロジェクト」は都市がそれをにないつつ、常なる再定義と不断の再組織化を要求する不安定性のうえにある。

ぼくも去年、歴史研究においてもはやイデアや様式などを中心にすえる方法論は有効ではなく、これからはプロジェクトを核にすえた歴史叙述をすべきと考え、その方向で論文をひとつ書いた。この秋には出版される見込みである。だからパンソンの文献には勇気づけられる。国民国家ができる以前は、都市はいろいろなネットワークのなかを、ストラテジーをもって、上手に舵取りしなければならないものであって、その都市形成というものも計画の実施というよりは、まさにプロジェクトの積み重ねなのである。

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