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2009.08.09

銀行ができる/つぶれるということ

むかしユーミンが、私の歌が流行らなくなるのは銀行がつぶれるとき、というようなことをいったらしい。当時は銀行が倒産するなど想像できない時代であった。しかし1990年代の不良債権問題をめぐって、そのとおりになってしまった。

でもぎゃくにいえば銀行は地域の発展に欠かせない。

明治のころ、若松市や大川町(調べたことがあるので)では、地元の主要企業などが資金を出し合って株式会社形式の銀行を創設した。そうすることで起業や資金繰りが容易になり、地域全体全体が活性化される。そこの酒造会社は1890年代のシカゴ博覧会に出品するまでになる。

ところが1927年の金融恐慌でこれらの地元銀行はつぶれ、全国区の財閥系銀行が支配するようになる。ようするに東京の大銀行による地方支配がすすむ。

景気循環が世界動向にとっては決定的であり、世界恐慌を精算するために第二次世界大戦が勃発しただのという史観もある。さらに最近の金融危機が第三次世界大戦を導くなどあまり信じたくないご神託まである。いやだが、それも一理ある。

建築に即して考えると、1927年の金融危機、経済危機から、マーケットへの公的介入がなされ、ヨーロッパでは公的住宅がクローズアップされるし、都市計画もそのようなものとなる。そうした背景から、より機能的、シビルミニマム的な建築が求められる。最小限住宅などはポスト金融危機的なアイディアなのである。

結局、金融危機直後のシビルミニマム的なものは、国民服的、国家統制的なものとして表現を変え、じつは1960年代の経済成長までをささえる構図となる。ポストモダン初期において批判された「近代」というのはこういうものであった。

では今回の金融危機は建築になにをもたらすのであろうか?ほんとうに100年に一度の危機であるなら変化があるはずである。ただ上海万国博までは世界はこの建築パラダイムを変えたがらないという気もする。変化はそののちであろうか。

ところでMAT Fukuokaという企画でも取り上げられたが、やはり福岡という都市にとって、福岡相互銀行本店(磯崎新、1972年)と福岡銀行本店(黒川紀章、1975年)とあいついで建設されたことは象徴的であったと回顧できる。

そののち福岡は拠点中核都市として地域を支配するようになるからである。地域の発展のコアにあるのは金融であり銀行である。さらに磯崎vs黒川というライバル関係までが投影されているのも面白い。さらにシーサイドももち、ネクサス香椎までは華々しく外タレを呼び、磯崎さんにコーディネイトさせ、話題性があった。でもこれからどうするのであろう?

昨日は黒川紀章についてお話しした。今日は磯崎新についてである。でもそれを前川国男設計の市美のなかでやるというのがアレなのであるが。

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コメント

第二次世界大戦で日本が負けた後、国家財政破綻とハイパーインフレが起こり、そのドサクサに紛れて、財閥解体、預金封鎖、新円切替、財産税賦課、農地解放などが行われ、資産家や大地主の資産がパーになりましたが、今の日本の財政状況を考えると、似たような状況へ向かいつつある可能性は有り得ますね。果たして、どうやって国・地方の借金をチャラにするのやら・・・。

投稿: ponpon | 2009.08.09 12:27

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