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2009.08.03

黒川紀章について

MAT Fukuokaという企画で黒川紀章についておしゃべりすることになったので、パラパラ本をめくったり、雑誌を眺めたりした。磯崎新についてはなんども機会があったが、彼についてははじめてである。

建築家はときどき、とんでもなく時代に先行することがある。本人も知らないうちに。

ミケランジェロなんかそうであった。たとえばローマのカンピドリオの広場計画であるが、そのファサードにはいわゆる「大オーダー」がある。大オーダーといっても高さ何十メートルで決まるのではない。かならず「小オーダー」的なものがあって、その相対的な大小関係のもとに「大オーダー」なのである。

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このファサードでは、だから、大オーダーのレイヤーと、小オーダーのレイヤーが重なっている。

ルネサンスの建築ではこうした表層レイヤーはほとんどなかった。しかしマニエリスム、とくにバロック建築では頻出する。よくバロックの宮殿や教会堂では、エンタブラチュアも屈曲しているし、柱も一定の間隔で並んでいるわけでもないし、ごちゃごちゃしていてとてもうっとうしい。あれはじつは理路整然と並べられている。しかし2層、3層のレイヤーをなしているので、それを見る人が1層という仮定のもとに見てしまうととても理解できない、だけのはなしである。

しかしミケランジェロはCADで設計したのではないから、レイヤーという現代用語は知らなかった。しかしレイヤーに相当する概念は所有していたわけだ。あるいはコンピュータはレイヤー概念を創出したのではなく、せいぜい再利用しただけの話しかもしれない。

同じようなことが黒川紀章にもいえるのではないか?

彼の『行動建築論』(1967年)を何十年ぶりにめくってみて、後知恵のおかげで、再リーディングの楽しさが多かった。たとえばヨナ・フリードマン(フランスでも回顧シンポがあった)、バケマ(ぼくの学生も研究している)、ヴァン・アイク、フワンソワーズ・ショエ、スミッソンらと交流があったこと、などが臨場感をもって読むことができる。黒川のアプローチは、未来学的と指摘されたり、仏教思想の影響もよくいわれるし、営業活動の執拗さについても揶揄されることがある。その理論のいわゆる調子のよさも、当初からいろいろ批判されていた。

読んでいると、彼の疾走的な学習ぶりがよくわかる。熱力学、情報理論、サイバネティスク、ダイナミックバランス論、アンリ・フォション、ニーチェの永劫回帰、共存の哲学(まだ共生ではなかった)、モビリティ、DNAらせん構造、アレグザンダー、Kポパーの漸次的社会工学・・なんどもある。こうした雑食の果てになにがあるのだろうか。たんなる諸理論のいいとこどりであろうか。

通読して自然にわかるのだが、彼は特定のデザイン、形態、スタイルにはほとんど関心がない。彼は都市のマスタープランでさえさほど意義は感じていない。むしろ「マスターシステム」あるいは「都市のフローチャート(流れ計画図)」だという。

これはひょっとしたら昨今IT系でいわれている「アーキテクチャ」のようなものではないか、と思うのである。

「アーキテクチャ」にしろ「アーキテクチュア」にしろ、それによってコンテンツや建物が一意的に決定されるものではない。むしろ個人の独自性をふくめた無限の多様性を保証するためのまさにアーキテクチュアなのである。

だから黒川紀章は「都市のアーキテクチュア」を、ゼロ年代的な意味でのアーキテクチャを、1960年代において、考察していたといえる。都市型建築という意味でもなく、都市のあるべき完成像という意味でもなく、理想都市でもなく、都市という仕組みについての考察である。

だからそれは一種の原点回帰でもある。変な言い方だが、建築はもういちど「アーキテクチャ=アーキテクチュア」というものに還元して考えてみなけれがいけない、というのがこのIT用語が命じるところであろう(建築はいつも時代に忠実なのであるから)。そんな観点から再考すると、建築史もけっこうアーキテクチャ的なんだなあ。すこし勇気づけられますね。

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