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2009.08.09

アンキャニーな輪郭

MAT Fukuokaという企画での講演を準備しているときに、ふと気づいた。輪郭をなぞるという70年代の手法が、ある世相とシンクロしていた。

Rrengousekigun_3

まず連合赤軍リンチ事件の現場検証である。遺体の輪郭が白いテープで示されている。不在の痕跡としての輪郭。現代アートなら痕跡などというのかもしれない。現実にそこにあったものが、印しだけを残し、去ってしまう。

Gunma

つぎに群馬県美のドローイング。キューブこそ建築と主張していた建築家は、実際の建物の背景のレイヤーにある理想的レイヤーとしてのキューブを描く。それは現実の建物が不在となったあとの輪郭である。輪郭こそが建築のエッセンスであるというメッセージ。イデアは輪郭である。

Flankrin_2

アメリカの偉人フランクリンの生家を輪郭であらわした記念碑。このモニュメントはたいへん健康的で明るいが、故人を偲ぶものであり、一種の墳墓のようなものでもある。この偉人の生前のディテールを熟知している人にとっては、けっこう生々しいかもしれない。

これらはすべて70年代に発生したか、作られたものである。たしかに当時の空気を知るものとしては、こうした輪郭のもっている重要な意味あいがあったような気がする。それは近代というものは変数項"X"でなりたっており、生身の個人なり具体的な建物の機能はたまたまそこに代入される任意の変数にすぎないのである、というような感覚である。そこでその形式にしかすぎないはずの"X"をセレブレートしようとうニヒルな態度が生まれることになる。

疎外の美学である。

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