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2009.08.28

「歴史的建築リストの可能性」

2009年度大会(東北)二日目、研究協議会のテーマであった。

委員の方々の長年にわたる成果が説明され、またアメリカ、フランス、など海外の事例も紹介され、たいへん充実したものであった。また文献史学の専門家からの指摘も、建築サイドを勇気づけるものであった。思い出した点だけを走り書きすると・・・

災害時の危機管理にとってとても重要。地震や台風のあとで、どれが被害を受けた文化財なのかをまず特定しなければならないからである。

登録文化財の所有者のネットワークが大切であるという長崎の実例報告。これはたとえばフランスの、美しい村ネットワークや、農家改造ネットワークのように、体験や智恵を共有することで保存・活用に役立てることの可能性を与えるものである。すべてを専門家にゆだねるのではなく、すでに経験によって専門的なものを学習した一般市民間の情報交換がとても重要なのである。

DBのなかに画像を取り込むかどうかで、かつて議論があったことが紹介されていた。

ほかに、GPSによる地理情報も重要。肖像権の問題もある。知財、版権などについては、アメリカ建築史学会のアップロードシステムではよく練られていうることが紹介されていた。ただDBのスケールはまだまだのようだ。

印象であるが、まず、200年近く前からDB作成を手始めに文化財政策をはじめたフランスでは、このリストそのものが大文字の文化財であるがごとくである。いまではさまざまなDBがあるが、それらをリンクさせ、複合的ではあるがひとつのDBを構築しようという意志がはっきりしている。それにたいして日本では、個々の地域や、個々の案件におうじてDBが構築されているようで、それらが複合して全体としてのDB系になるというようなイメージではない。お国柄というか、文化のありようそのものが反映されている。

データベースということにとどまらず、現代ではそれらがネットワークでリンクされているということが重要だ。しかもはじめから共有されるはずのDBが論じられたわけだが、じつは個人DBもある。それは個人のそれぞれのお仕事のために構築されたもので、ぼくたちは毎日PCに入力しているのだが、それは無自覚的なほとんどDB構築なのである。こんなものは、結局、どうなるのであろう。

文献史学の専門家が指摘していたのは、個人DB(お蔵にあった古文書とか)が、いかに共有されるか、あるいは公共的なDBに変換されるかというようなことであった。これは文献史学のみならず、あらゆる情報についていえることであろう。

卑近な例でいえば、ぼくですら10万点の建築写真を撮影しているし、それ以上の個人コレクションは無数にあるであろう。

そうするとこういうことであろうか。研究者がPC上に研究情報をすべて一元化して処理するとすると、HDDはそのDBが宿る基体である。ぼくたちは毎日それを鍛え上げるが、やがて引退したり、世を去るときは、その鍛え上げた情報の束を、いかに人類的DBに接続しておくかを考えるのであろう。それは神の御許に戻るような営みとなるであろう。

・・・・まあそれくらい価値のある仕事ができたらの話しだし、僕的にはずっと先のはなしですが。というわけでその晩の懇親会では、大先輩たちに研究の可能性についていろいろうかがったり、去年の夏に書き上げた西洋広場プロジェクト論がやっと刊行されるようだという情報を得たり、世間話、うわさ話をしたり、J先輩の30年近く前のD論発表会については本人もあまり記憶がなかったり(こういうものは聞いた人間のほうがよく覚えている)で、気がつくと1時であった。

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