« 黒川紀章について | トップページ | 銀行ができる/つぶれるということ »

2009.08.04

『1995年以後』(エクスナレッジ2009)すなわち第二の敗戦世代

最初は気にもとめなかったが、なんとなくカンが作用したので買ってみたら、とても新鮮であった。

1995年はウインドウズ95、サリン事件、阪神大震災の年で、そこで時代がおおきくかわったという認識がある。でも1995年が重要だとしても、それはほかの理由があるように思える。

世代論で考えてみよう。

たとえば1929年の世界恐慌の前後に生まれた人びとは、すこし大人に近づいて16歳で1945年の終戦を迎える。若干の誤差はあるが、菊竹清則、磯崎新、黒川紀章などはその範疇にはいる。この世代は、自分なりの思想や方法論をコアにすえようとする。

でも、たとえば1974年のオイルショックの前後に生まれて、やはり大人に近づいて17歳で1991年のバブル崩壊を体験するとしよう。たしかに1995年の騒動も大変であったが(別の世代にとってはそうでもなく、ぼくなどは三島由紀夫自決とあさま山荘事件のほうがはるかにショックだもの)、その大変さを感じられるのは、そうした世代的な背景があったからであろう。

なおかつ、本書であつかわれていうる1971年から1983年生まれの人びとは、いわゆる「ロスジェネ」なのである。そしてこの世代はぼくが教師になって最初に教えた世代なのである。もちろんぼくはあまり良い教師ではなかったのであろう。そんなトラウマがこの書を読ませることとなったのではないか。

たまたまだが、たしか1994年に、近くまできたので東大の卒計展示をのぞいて、レベルの高さに驚いたことがあった。あの学年だけ、突出してハイレベルという印象であった。あとで大野先生にそういったら、そうでしょ、あの学年は特別、なんてことをいっていた。計算すると彼らは1972年生まれであった。ロスジェネ世代である。その彼らも30歳代後半である。これからすごいことになるかもしれない。

批判的工業主義、ニューバビロン、シチュアシオニスト、トポログラフィー、などのアイテムは納得できたりできなかったりである。しかし自分の方法論なり思想なりをちゃんとカスタマイズしよういう本気度はとてもよく感じられる。知の消費、エピステーメーのたわむれはもはやない。

ここで磯崎さん的なもの/黒川さん的なものの構図が面白い。

磯崎さんは、もちろん自分の感性から創造する偉大すぎる作家であるが、「都市からの撤退」や、手法論、引用論、マニエリスム論のようなことからわかるように、基本的には「方法論」ではなく「批評」の人なのである。存在そのものが批評なのである。だからニューアカとの相性もとてもよかった。

しかしニューアカの影響はもはやない。磯崎さんのそれもほとんど感じられない。バブルの崩壊が第二の敗戦といわれ、その敗戦を背負っているはずのこの世代にとって、ニューアカ的なもの磯崎さん的なものはほど遠いというのもわかる。

黒川さんはいろいろ批判された。しかし1967年の『行動建築論』をよく読めば、都市にコミットメントしつづけながら、内外のいろんな理論を取捨選択しながら、固有にして普遍的な方法論を、ベタなまでに構築しようとしていることは否定できないのではないか。おそらくその理論と作品との乖離があって、それが彼にとってすこしマイナスだったのかもしれない。しかし都市や社会にベタにかかわりつつ、その接点において、方法論を構築しようとしたことは否定できない。

そして黒川さんが能力がありすぎて放棄してしまった、あるいはかすんでしまった方向性を受け継いでいるのが、じつは「ロスジェネ世代」なのではないか。じつは『行動建築論』と『1995年以降』を連続して読んだのであった。どちらも30歳代の人が書いたものだ。そこでは野心と誠実さがよくバランスしているように感じられた。

時代はふたたび転換したようである。批評の時代も終わった。ニューアカの影響もとっくに終わていた。「第二の敗戦後」を担うのはこの世代であることは、順番からしてとても自然なことなのである。

|

« 黒川紀章について | トップページ | 銀行ができる/つぶれるということ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/424713/30822172

この記事へのトラックバック一覧です: 『1995年以後』(エクスナレッジ2009)すなわち第二の敗戦世代:

« 黒川紀章について | トップページ | 銀行ができる/つぶれるということ »