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2009年4月の1件の記事

2009.04.10

世界遺産雑考

新学期がはじまり、人と議論する機会もふえた。冬眠からさめたクマでございます。

文化財の専門家にあって、2時間ほどお話をした。某県に世界遺産暫定リストにのっている物件がある。最近、県が国際シンポジウムを開いた。外国から文化財の専門家をよんできて見てもらう。申請書類なども検討してもらう。最終的に世界遺産と認定されるための客観的スタディである。

世界遺産についてはいろいろ批判もある。これはひとつの評価軸であって、国内やアジアの別の評価軸があってもいい、地元にからなずしも密着していない、などなど。イギリスではナショナル・トラストがあって、とりたてて世界遺産のシステムを借りなくとも、文化財を保護したり観光のコアにしたり、じゅうぶん機能している。ようするに世界遺産はフランスシステムの世界化なのであるが、そのことの制約や問題点もあわせて理解すべきなのであり、あらかじめ相対化しなければならないが、どうも日本では普遍的なものとして受け入れられる。

このあたりについて当のフランス人は「啓蒙主義」の展開、としてじゅうぶん自覚しているようだ。この普遍化を目指す啓蒙主義が、ときには文化帝国主義となったりするのだし、とくに19世紀は文化略奪行為の正当化といったよくない方向にもいったことも事実だ。しかしそれでも啓蒙主義は意義があるのだとしたら、なるほど、世界遺産システムは文化的帝国主義の反省にたった、新しい普遍的枠組みであると思える。

ぼく自身は、世界遺産はもちろん盲信するわけにはいかないが、なにがしかの有意義な体験をさせてくれると思う。それは違う視点だ、ということである。日本国内で文化財に指定された物件があるとしよう。それが普遍的価値をもつとしたら、どのような意味で、という経験。そして外国の文化財専門家が、日本のものを率直に評価したらどうか、という視点。そしてほんとうに国内文化財を違う価値観にむかってアピールすることが、これまでほんとうになされたか、という不安。

ぼくが説明をきいた物件はいわゆる擬洋風建築であった。これは国の文化財に指定されている。これは日本国の代表である。だからいきなり世界一は無理にしても、外国の専門家にもアピールするであろう、ということを自治体の課は考えた。しかし実際は、歯牙にもかけられなかった。そんなもんである。基本的に、擬洋風建築はまがいものである。しかし日本の近代化にとっては切実なまがいものである。まがいものを文化財として認めるのは、あえてそうするのであり、その評価軸そのものをアピールしなければならない。これは建築史の専門家なら理解しているが、それ以外の人びとは、認定されているのだから本質的に傑作、と短絡してしまう。

日本の近代初頭、西洋のチープな模倣として建設された建物。

それらを評価する、しかも、内外に説得できるように評価するためには、パラダイムチェンジが必要だ。

ぼくは、日本近代を日本固有の奇形的過渡期の産物として特殊なものとして理解するのではなく、まさに世界史的枠組みのなかで位置づけ直すことが必要だと感じる。

たとえば「ミッションスクール」というものがある。もちろん中身は多種多様だ。しかしフランス系のものはきわめて明瞭に位置づけることができる。フランスでは1870年ごろに、公教育から宗教を完全に排除する法律が成立した。つまりフランス国内ではそれまでは学校はそもそもミッションスクールだった、ということができる。しかしこの法律によって教会は学校から閉め出された。で、どうしたか?彼らは日本など外国にいってミッションスクールを建設したのである。

布教ということがある。しかし、安定した西洋が、日本など外国に、一方的に布教したのではない。西洋の内分で、宗教と社会の関係がおおきく変化する。そのことによって教会組織は布教政策をおおきく変更しなければならなくなる。その波が、日本にも到達する。とくに19世紀は、社会から教会が閉め出された時代であった。世俗社会から締め出された教会は、アジアに向かったのである。

このように日本国内のささやかなことすらも、震源地は地球の裏側であったりする。地球を半周して考えることはけっこう大変だ。しかしそうすれば、いままで色眼鏡で見られれてきた(江戸末の大工棟梁が見よう見まねでつくった西洋風建築、などという)いわゆる擬洋風の物件も、もっと新鮮な目で見られるのではないか。

そのことが建築史の、ささやかだが新しい可能性なのではないか。

世界遺産ということで懸念するもうひとつの側面。それは文化財の広がりと反比例して、文化論的視点がますます希薄になることである。登録といった、書類作成ばかりにエネルギーを集中しすぎはしないか。あるいは活用といった応用の側面にエネルギーをそそぐあまり、本質論が忘れられてはしないか。

つまり「この物件はなにゆえに価値があるか」という本質的問いである。その価値は、国内文化財に登録されたという制度的事実から生じるのではないし、世界遺産条項をなんべん読み直しても、そのテキストから導かれるのではない。価値があるから制度のなかに認められるのであって、制度から文化的価値が導かれるのではない。音楽に感動するのは純粋に魂が感応するからであって、その作品がなんとか賞を受賞したからではない。こんなことはだれも理解している。しかし制度として機構として進み出すと、その普遍的理解とは逆のことが発生してしまうのである。

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