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2009.02.08

宗教的なパリの日曜日

またまたパリにきています。今回はパリとボルドーで資料蒐集。日程は比較的余裕をもたせています。

往路は、日仏の航空会社のコードシェア便でした。ありがたいことに出発直前、航空会社がビジネスクラスにしてあげる、という。席があまっていたのだろう。ありがとうございます。とても快適でした。

エコノミー乗客のなかからどうやって選ぶのか、(顧客サービスのシステムということで)知りたいところだが、マイレージの多い順、渡仏回数の多い順、過去の滞在期間の長い順、親仏派の順(まさかね)、などといろいろ推測するが、まあどんなところでしょうね。

パリは、郊外は雪化粧、でも市内はふつう。

夜、ホテルに到着。

日曜の朝は、すこしだけTVの宗教番組を見る。

ミサの日だから、ラジオやテレビでは宗教番組をやっている。これは20年前に留学したときもそうでした。メディアができたときから、そうであったのでしょう。

乏しい体験から言ってるにすぎませんが、番組のスタイルもずいぶんかわったような気がします。

かつては司教、牧師、ラビが信者などに直接語りかけるスタイルでした。

しかし今は、指導者が導くというより、信者の紹介のような感じです。信者たちが、いかに生活し、どんな困難を乗り越え、心が満たされているか、淡々と紹介する。あるいは宗教的モチーフが出発点とはいえ、それがどんな社会活動となって実現されているか、など。

メディアの宗教番組は、基本的にはフランスにある主要な宗派を偏りなく紹介することになっています。

今回は最初から最後まで見たのではないのですが、下記のようなものが紹介されていた。

ユダヤ教については、イエルサレムにおける医療活動。2005年から、女性の活動家が、心臓の平和的な運動を展開している。つまり医師と連携して、先天的に心臓に重大な疾患をもつパレススチナ人の赤ん坊や子供のために、彼らを受け入れ財政支援もやっている。番組によると、パレスチナは社会保障がないので、ただでさえ高額な心臓手術など難しいし、イスラエルの病院がパレスチナ人をこういうふうに受け入れることはいろいろ意義深い。いままでに155件の手術件数であり、ただひとり亡くなったが、大多数は家族生活に復帰しているという。

プロテスタントについて。いろいろな信徒の人生が紹介されていた。スイス在住のアフリカ系スポーツインストラクターは、家庭崩壊の危機をのりこえ、立派なインストラクターとなり、生活も安定し、ボディビルコンクールのようなものでは優勝して、社会に受け入れられた。救急士。彼はの福音とは理論ではなく、実際だという。困っている人を目の前にいるからだ、ともいう。自然災害被災者の心的外傷をケアする精神科医も語ってました。

オーソドキシーでは、集会所に来た信者が信心を語っていました。

カトリックについては、局スタッフが信者の家族を訪問して、取材していました。題材は、金曜日は肉ではなく魚を食するという一般的なものですが、子供も確信を持ってその信心を語っていたのが印象的でした。

ところでこの種の日曜宗教番組では、ミサの中継は定番です。今回は、パリ郊外ルイユ・マルメゾン(裕福な人びとの戸建て住宅地もあるけっこういい地区)のサンテレーズ教会。昔の画像を見せながら、1960年頃の建設、信者たちの寄進、その当時の殺風景な郊外の様子、今の団地とオフィスビルが建ち並ぶ様子、を紹介していた。教会堂を鍵にして、半世紀にわたる郊外成長のパノラマのようなもので、面白い。教会堂そのものはとても簡素なつくり。建築に詳しい人なら、50年代的、といえば「そうか」と理解していただけるようなものです。

普通にしていればあまり見えないが、この社会はとても宗教的であることには、変わりない。共和国としてのフランス。それはしっかりある。共和国は宗教的ではない世俗社会を構築しようとした。だからといってカトリックとしてのフランスがなくなったのではなく、しっかり連続している。もちろん他宗派のフランスも。

・・・蛇足。今回の出張のために誓いをひとつたてました。コーヒーは1日一杯だけ。コーヒー大好き人間なので、ときどき摂取過多で体調を崩す。その悪癖を改めよう。神さまの前ではなくみなさまの前で誓うことにいたします。

・・・蛇足の蛇足。宿の事情で、1時間あまり、カフェで時間つぶしをしなければならなかった。

だからカフェのテラスでこれを入力しています。禁煙となった公共ゾーンのなかで、テラスは喫煙ゾーンのようで、煙は我慢します。道もよく見えます。街中のふつうの歩道でジョギングする人も増えた。日曜とはいってもね。この社会も変わったものです。注文したのはコーヒーではなく、紅茶。

で、近場のおじさんから「あなたはこれ(PC入力)のためにいくら払っているのかね?」と聞かれた。

彼はヘッドフォンでCDを聞いていたのでした。迷惑にならないようにわざわざテラスを選んだのだが。「キーボードを叩くのでうるさいのですね」とダイレクトすぎることを言ったら「いやまあそうじゃなくてね、まあ・・」と返ってくる。静かにキーをたたくことにしました(おじさん、気が利かなくてごめん、時差ボケ+外人だから)。

・・・おフランスでございます。

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