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2009.02.09

なぜ都市計画は無宗教的か?

これは前の投稿とセットです。

なんでもかんでもフランスをモデルにする必要はないのですが。まあ今フランスに滞在しているということで。

つまり都市計画には一般的に宗教施設の配置やなんかは考慮されないし、そもそも「都市計画学」というのは宗教など関係なく体系づけられている。このことは明らかだと思う。宗教はそのとき任意の団体にすぎず、あってもいいけれど、なにか「その他」カテゴリーにはいっているように思われる。

もちろん政教分離だ。ただ厳密にいうと、「政教」とはもともと政治と教会のこと。政治と宗教ではなかった。ただ社会の世俗化ということが広まると、カトリック教会のみならず宗教と政治のこととなった。

だが「宗教と都市計画」とは、「宗教と政治」のこと、ではない。「宗教と行政」のことであるはずだ。行政が地域に住むいろいろなことに関わるとすれば、宗教はどうなるのだろう?微妙なところです。ぼくには本質論的レベルで指摘する資格はない。ただ政教分離とは、わかったようで、よくわからないシステムなのである。

こんなことを考える理由は、フランスの宗教建築を考えていると、つぎの3点に気がつくからである。

(1)カトリック教会はもともと行政を担当していた。

いまでは出生、婚姻、死亡の届けは役所にいってするが、かつては教会にいってやっていた。つまり市役所、区役所の仕事をしていた。もちろん日本の近世においても仏教というかお寺はそんな存在であった。しかしキリスト教の場合、宗教は主体的であった。日本の場合、世俗権力が優位にあって、宗教にその仕事をやらせていたという違いはある。

(2)カトリック教会は地理的広がりをよく考えている。

新しい都市が建設されたり、市街地が成長すると、かならずカトリックは教会堂を建設する。この宗教は、布教の空白域をつくりたがらない。だから20世紀、郊外が急速に成長しても、教会はそれに追いつこうとする。

比較すると面白いと思うけれど、日本の郊外は完全に無宗教であることがある。寺、神社、教会のない郊外住宅地は多い。だからそんな空白域をねらって新宗教がはいることもある。ぼくは外国の例をいろいろ見ていると、日本の郊外がこれほどまでに無宗教的でいられるのか、不思議な気がする。

ともかくカトリックはつねに、世界、国土、都市など地理的なものを考えているように思える。だからイエズス会の世界布教も、20世紀における都市郊外への布教も、根は近いように思える。

(3)都市計画と政教分離

フランスでいうと20世紀になってすぐ「政教分離法」ができる。これより、政治は政治、教会は教会。教会は政治には介入できない。いっぽうで国や自治体も、宗教には介入しない。

建築にとって重要なのは、教会堂を建設したり、修復したりするために、基本的には公金は使えなくなった、ということである。それ以前はどうか?19世紀においてそれは可能であった。税金で、教会堂を修復したりしたのであった。

ただ1913年の文化財法のようなものによって、文化財(歴史的記念碑)に指定された教会建築には、公金が使われえる。これは財政的には、世俗国家としては「宗教」は支援しないが、「文化」は支援しましょう、というような意味をもっている。

近代的な都市計画は1910年代以降である。だからものの順番からいえばあたりまえである。「都市計画学」が大学などの研究機関におけるディシプリンとして登場したとき、社会はすでに政教分離であった。だからそこでは宗教や宗教施設が対象とされないことは、理論的には自明のことなのだ。

しかしもし都市計画が1850年頃に成立していれば、これまた理論的に明らかなことに、宗教施設を一種の都市施設として扱わなければならなかったのである。なぜならそれは地方公共団体の所管であるからである。だから都市計画では教会堂を扱わねばならないことになっていたはずである。

世の仕組みというのは、時系列でおってゆくと、けっこうはっきりわかるのである。

ただ実際は、都市計画事業のなかで、宗教関係者がしっかり介入し、教会堂を建設している。よくあるパターンは、都市計画区域のなかで、行政が宗教団体に、その敷地をきわめて廉価に99年間貸与するというようなものである。さすがに上物は募金や喜捨などに頼るのであるが。

でもあらかじめ宗教がインプットされている都市計画を想像しても面白いかもしれない。日本にも実例はあるし、地球上はそんなもののほうが、多いはずである。

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