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2009.01.22

住宅の近代化にとっての「女中」について

ぼくは基本は怠惰であり、家事は必要に迫られてやっている。しかし前項「わたしの家」ではご婦人が台所で調理するさまが、アトリエにおけるアーティストのように撮影されていて、いまどきはこれなのだとあらためて知った。つまりかつて「家事労働」であったものが「生活アート」となっている。性差であったものが、文化に昇格した。

それで住宅について、うじうじ再考してみると、かつて家事労働を「女中」がひきうけていたが、近代化にとって「女中」とはなんだったか?である。とはいえ「女中」概念は広い。江戸時代からあって近代にも存続した、住み込みの家事労働者「女中」。それにやや近いビクトリア朝イギリスの「家事使用人domestic servant」。仲介斡旋所から派遣される「家政婦」。近過去にオタクがはまった「メイド」。

まあそれはいいとして、中廊下式における「女中部屋」を論じる住宅専門家はいるが、女中からみた近代住宅などというテーマもけっこういいのではないか。ぼくは書きませんが、だれかやってみませんか?

「おしん」というNHKドラマがあった。ぼくは馬鹿にしてみなかった。しかし人に教えてもらったところ、その80年代、いよいよ女中という慣習がなくなったとき、かつて女中を雇っていた人びとが懐古的に鑑賞したのだという。ぼくは苦節なん年の物語だと思っていたが、れとはまったく異なる見方もあったわけだ。

歴史的にみれば「女中」とは住み込みの家事労働者であり、近世の慣行が、近代にまで、おそらく1960年代ころまで、続いていたものであった。

実際、よくできた女中さんは、家族以上に家族的になり、家内のすべてのことを熟知していて、家の実質上の管理者であったりする。これは日本近代におけるひとつの典型である。

それが廃れたのだが、いろいろ理由は想定できる。

(1)家事労働の機械化。いわゆる三種の神器、炊飯器、掃除機、洗濯機がこの家事というものを合理化し、人手があまりいらなくなった。

(2)雇用形態がすこし差別的と感じられるようになった。仲介者が介在し、雇用契約がはっきりした形式が近代的と考えられるようになった。

(3)家族の引きこもりという一般的な現象。これはぼくの専門のフランス建築でもときに議論される。18世紀までの王室・貴族はさておき、19世紀以降のブルジョワ家族において、女中は一般的であったが、しかし女中は、「同じアパルトマンに住み込み→同じ建物の屋根裏部屋に住む→別の町の別の住所からかよう」というように、しだいに家族からとおざかってゆく傾向がはっきりしている。

この第3の理由は、女中の人権にようなものかもしれないが、家族史などでは「家族の引きこもり」現象としてとらえられている。つまり近代家族とは、社会から自分たちを隔離しようとする血縁者集団である、というわけである。だから最初は女中を「家族同様」とみなしていても、しょせん血縁者ではなく、家族の外部であり、社会からおくられた人間であるから、それをなるだけ遠ざけよう、という傾向である。

つまり家族は近代において、いろいろ形態をとりつつ、最終的には核家族へ、そしてそれも終わってとうとう個人のアトム化、そして原子的個人の再グループ化、というような流れらしい。

しかし近代家族とはすぐれて血縁家族だったというわけである。核家族化のまえに、血縁のない人間を排除することが試みられた。そののち3世代のうちの1世代が排除されて、2世代家族となった。これが核家族である。

フランスの学者が主張しているのは、家族そのものの「引きこもり」である。社会から引きこもって自律的な空間をつくろうとする。他者を排し、社会を排した。現代日本の若者の「引きこもり」はたんに社会性のなさというより、家族そのものの引きこもりが大前提であるようだ。

ところでシャルロット・ギンスブール主演の《かわいい泥棒 La Petite Voleuse》にあるように、女中はときどき主人の財産をくすねたり、ひどいときにはごっそり盗んで夜逃げしてしまう。女中文化とでもいうのか、それは日本でも同じであったようで、資産の社会的再配分とわりきって女中を雇用するというのが正しいやり方などという人もいる。

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