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2009.01.21

『わたしの家』を賜った

鹿児島を拠点とする「シンケン」社からいただきました。フルタイトルは『日だまりと暮らす 木陰に憩う わたしの家』で、副題に「福岡・鹿児島で家を建てる人のための本」とある。つまり地場の工務店が、潜在的施主にむけたPR本である。

発行所は「エクスナレッジ」である。建築知識のころから評価の高かったところだが、エクスナレッジになってますますパワーアップしたように思える。

地方の工務店は、地場に伝わる技術があったり、建材の産地に近かったりそれなりのメリットがある。しかし編集、出版、販売などのノウハウはまだまだ東京独占である。だからこの住宅ガイドはそれら長所を組み合わせたものといえるだろう。

この文献は、住宅PRなのであるが、最近の料理本やエステ本やフィットネス本などのように、小洒落ていて、楽しい。住宅物件紹介のみならず、施主がそこで住んで、料理をつくったり、土間で日曜大工をしたり、機織りをしたり、洋裁師をしたり、そして広々とした海や緑を眺めたり、というような具体的なよき生活が、写真で紹介される。つまりホビー本のノウハウを住宅に応用したものと読める。

同時に専門工務店として、住宅の企画、計画、デザイン、素材、構法、などオールラウンドにわかりやすく一般市民に説明している。かなりノウハウを蓄積した、志の高い工務店である。

ネオバナキュラーということばがあったが、有名/無名、建築家あり/建築家なしという二元論はもはや過去のもので、このような地方の工務店でも、デザイン、構法、構造、環境工学などを包括的にシステムとして所有し、それを反省的に研究しつつ、そうした姿勢さえも商品として施主に提供できるという、小宇宙になっている。そしてこのように情報発信するのであれば、アカデミーを頂点とするヒエラルキーは、消失しないにしても、かなり霞のようなものとなっているということであろう。

ちょうど1世紀くらい前、住宅の近代化がはじまり、電気・ガス・水道がユニバーサルなものになりはじめ、また百貨店が住宅展を開催することで、市民を啓蒙し、住宅をコアとする消費生活の姿を広めようとした。それは一種の啓蒙であった。それから100年。たしかに隔世の感、ではなく、まさに隔世そのものである。

でもこういう状況はなんと形容するのであろうか。

10年ほどまえ『建築キーワード』を編集していたころ、サブカルチュア、オタクというのは、これから建築のひとつの軸になるのではないか、と考えていた。つまり100年前なら「アヴァンギャルド(前衛)」、50年前なら「ラディカル」である。そして今なら「サブカル」。それは選ばれし少数者であり、自覚的自己登録的エリートの系譜である。よくもわるくも選良意識。その系譜は歴然とある。

しかし地域に基盤をおきつつ小宇宙を構築できる状況がくると、すこし変わってくるかもしれない。ぼくは地域小宇宙的な組織がたくさんできて、それがおおきなうねりになって、などとは思わない。しかしそんな自律的なものが、多数できると、そこから、例外的にしても、突然変異的になにか新しいものが生まれる可能性はあるとは思う。突然変異は、理論的に予想できるものではない。だからぼくはそれがなにかを言い当てることはできない。しかしそれが可能になる素地はできつつあると思われる。

サブカルは大都市圏に生息するのであろう(死に絶える可能性もあるが)。もはやバナキュラとはよべないバナキュラであったものは、地域に繁殖するであろう。棲み分けはだいたい予想される。

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