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2009.01.17

楼慶西『中国歴史建築案内』をいただいた

楼慶西著・高村雅彦監訳『中国歴史建築案内』をいただいた。心より感謝いたします。

いただいておいて定価のことなど話題にするのは不謹慎ですが、400頁あまり、すべてカラーページで定価3000円というのは、ほとんど文化慈善事業の域に達しています。

じつはいただいたのは昨年の11月ころであったのですが、海外出張やらばたばたしていて、目をとおす暇もなかった。ぼくは本をいただいたら、感想をブログに書くことで、謝辞としております。かさねがさねありがとうございます。

ぼくは中国とは縁がない。そもそも1980年代に中国研究ブームがわきおこり、雪崩のように日本人が大陸をめざし、これからは中国だ!という趨勢が誰の目にも明らかになったときに、ぼくのなかであまのじゃくの気持ちがめばえて、フランスに留学したりするという、まったくなにやっているんだろうね。

ただぼくなりにグローバル化趨勢への意識はあって、ヨーロッパ内だけでなく、北アフリカ、中近東、ペルシア、インド、ネパールなども若いときにいちおう見ました。そのころ見なかったのはアメリカとソ連(現ロシア)という、これまたあまのじゃくなのであったが。だから日本人が中国へいって、いろいろ驚いたり感動したりするようなことは、なかった。これは10年前にはじめて中国を観光したときの率直な印象であった。

ぱらぱらとめくっての印象は、大文明の建築は、すぐれてシステムとしての建築だ、ということ。建築がシステマティックだということ以上に、「システム」=建築、ということ。だから識者たちが指摘するように、中国とアメリカはよく似ている。ヨーロッパの建築は、古代ローマを継承していることになっているから、こうしたシステム=建築の系譜なのかと思いきや、そうでもない。

とはいえなかなか無関心のままほおっておいてはくれず、つい先日も中国人留学生が、日本と中国の戦後建築思想の比較研究をしたので見てくれといって、やってきた。修論として発表される直前なのでこのブログでいろいろ書くわけにはいかないが、抽象的な方法論をすぱっとたてて、機械的にどんどん処理してしまう。昔の日本人は、中国の古典文学を中高でちゃんと勉強するのだよ、とか、日本人自身が意識していなくとも中国文明が底流にあるのだよとか、『三国志』なんか読んでる日本人多いよ、とかいう話がけっこう新鮮らしい。それはともかく、方法論的にすぱっとしてしまうのが中国式なのだろうか。

日本が近代建築理論を構築していたころ、中国建築ではないものとして、日本美の特質を描こうとした。1930年代の「日本的なもの」議論である。日本の不思議なところは帝国主義的段階で、ナショナルなものを探求する動きがおこってくる点である。ただそういえばヨーロッパ諸国の19~20世紀の建築をみても、帝国主義/ナショナリズムは、概念としてはお互いに矛盾するものでありながら、それらの発生と形成は同時期であり、あたかもキャラの違うコンビとして、おたがいに相方なのかもしれない。

・・・などとぐじぐじ考えています。とりあえず『中国歴史建築案内』は、とてもカラフルで、固有名詞などにはルビがふってあって、とても素人にやさしいので、手元において、ときどきめくってみます。大学受験のころの苦手科目克服みたいな感じですけどね。

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