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2009.01.02

2010年6月11日「ランドスケープデザイン論」(4)平戸史

(講義を履修されていない方はパスしてください)

「平戸プロジェクト2010」の考え方、に戻る

14:50(524教室/2号館2階製図室)-:「ランドスケープデザイン論」(4)『平戸の古図・都市・教会』(土居)

平戸の都市史について、まず政治・外交・行政、代表的建築のごく簡単な年表的理解をする。

平戸史編委員会『絵図にみる平戸』2001、西和夫『平戸の町並み』日本ナショナルトラスト2003、より下記の画像を転写します。

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△平戸の編年史的航空写真です。埋立の進捗がわかります。海岸通りは戦前のもののようです。

1621 17 23

△(左)1621年平戸図:平戸オランダ商館が見える。(中)正保平戸城下図。「築地」が埋め立てられる以前。(右)平戸城下家中之図。部分。平戸城下町周辺。

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△(左)嘉永元年平戸町屋之図(部分)。崎方。浦の町。宮の町。(中)同(部分)。新町など。(右)寛政四年平戸六町図(部分)。宮の町。本町。安富町。----地割が判明する図面。海岸通りはない。各戸が石垣を介して直接海に接している。これをどう解釈するか。土居としては・・・。共有される海岸はない。海辺空間そのものがなく、共有も、公有も、ない。各戸に船着きがあって、船を接岸できる。それはいわば勝手口。

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△4点はいずれも亀岡と平戸年中行事絵巻から。左から。①幸橋周辺、②富江町周辺、③築屋敷周辺、④七郎宮祭礼。----接岸空間。石積み+白壁、で海に接している。

以上から海辺空間の歴史がうかがわれる。武家も町人も、海に対しては壁をもって接していた。もちろん各戸が船着きをもつなど、機能的には海を使い込んでいた。その意味で、共同体が共有しているのは、海そのものであった。海そのものが、共有であったが、水辺空間などというものは、そもそも存在していなかったし、共有もされていなかった。

現在あるウォーターフロントは、海岸通りが建設され、さらにフェリーターミナルができたことで、整備された、きわめて新しい、近代的な公共空間である。共同体的な背景がまったくないところに、海外の事例を踏襲したウォーターフロントが、唐突に建設された、というべきであろう。楽しい水辺の生活、賑わい、といったものが、ステレオタイプ化したイメージとなって、それが導きの糸となって公共施設が整備される。しかしそれを受け取る共同体は、かならずしもなじんでいないのである。

諸外国の先例から、にぎわう水辺空間という成功イメージがここにも導入される。しかしそれは共同体の実体とはなんの関係もない、異質なものであり、当然、遊離してしまう。

これは近代化として建設された広場空間が、いつまでたってもヨーロッパのようなヒューマンな広場とはならないことと、相似の現象であろう。

「平戸と教会の歴史」

つぎに長崎県には教会が多いことから、教会建築に関する基礎知識と、イエスズ会がキリスト教を日本に布教しはじめ、パリ外国宣教会が長崎に教会堂を建設していった経緯(大浦天主堂とパリ外国宣教会宣教会について)を理解する。

代表的研究として、川上秀人『大いなる遺産 長崎の教会』の概略を知る。
参考文献:西和夫『平戸の町並み』日本ナショナルトラスト2003;萩原博文『平戸オランダ商館』長崎新聞新書2003;『長崎県の歴史』山川出版社1998;『長崎県の歴史散歩』山川出版社2005;川口洋平『世界航路へ誘う港市長崎・平戸』(シリーズ「遺跡を学ぶ038」)新泉社2007、

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講義レポート課題4:授業の内容を、A4×1枚、1600字ていどにまとめてください。適宜図版(1図版あたり50KBに縮小のこと)を添付のこと。

添付ファイル(PDF形式)容量: 500KB以内

件名=添付ファイル名=レポートヘッダの様式:

1DS12345G塩原芸子-100611L論4(平戸史)

メール添付送信先: 土居・福島

〆切;6月18日

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