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2008.12.03

ボザールで「身体の図像」展をみた

投稿の順番がごっちゃですが、パリに移動してとりあえず「身体の図像」展をみてました。何日に見たかも忘れました。「パリの未来派」展からハシゴしたような気がする。展覧会見学が本職ではなく、あいまに見ているだけですので、こんなことになります。

この展覧会は、ぼく的には、今季のベスト、必見でしょうね。ボザールの書庫・アーカイブからいい素材(ダヴィンチからある)をピックアップし、17世紀以降、美術教育・研究において身体図像がいかに進歩的なテーマであったか、時代ごとに独特のアプローチがあって、前衛からみて古いどころか、むしろ同時代の前衛よりもはるかにアップツーデートなことに取り組んでいたかが示されています。

ところがボザールは伝統的で因習的というレッテルが貼られ、おおいに誤解されつづけてきた。

つまり西洋文化のコアは人文主義であり人間中心主義であり、とくに絵画や彫刻、それに建築も、そうであった。これら3分野の根本は「人体デッサン」であり、若い芸術家たちはエコール・デ・ボザール(美術学校)で石膏デッサン、裸体デッサンにより腕を磨く。このような教育が、イタリアでは16世紀のアカデミア・デル・ディセーニョから、フランスでは17世紀にコルベールが設立した絵画彫刻アカデミー、建築アカデミーから始まる。それは少なくとも20世紀初頭まで続いているし、根本的にはいまだにそうだといえます。

こんな「アカデミズム」という背景があるからこそ、たとえば「バウハウス」の革命性、最近のデジタル芸術の斬新さがいえるのです。

でもこれは保守/革新という構図でとらえるのはあまりにクリシェ化しすぎといえます。

「アカデミズム=保守」と決めつけたのは20世紀の前衛アーティストであり近代建築運動です。彼ら前衛の主張をとりいれて歴史を書いたのがたとえばニコラウス・ペヴスナーです。この碩学は、単純なイデオローグではなく、古代から現代までの建築を誰よりもふかく理解していたので、近代建築の流れを念頭において歴史を再構築する描き方を誰も否定できなかった。

一例がペヴスナー『美術アカデミーの歴史』です。この書は、「人体デッサン」がいかに西洋の美術教育の脊柱であったかを説明しています。ですのでルネサンス期における裸体デッサンの復興、マニエリスム期におけるその技巧化、17世紀フランスの古典主義時代における絶対化・カノン化、18世紀後半の新古典主義期における機械的適応化、など、おおきなパースペクティヴで説明しています。

とくに新古典主義の時代は、美術学生は、まず(たとえば)手の石膏モデルを模写し、つぎに頭部、脚部、胴体、とすすみ、それから全身石膏、裸体モデルというように、総合に進む、というようにペヴスナーは説明しています。ああ、なんたる機械的な教育か!というわけです。

でもこの「身体の図像」展はまったく異なる歴史をみせてくれる。

つまり、ルネサンスから17世紀までの、数学的比例、幾何学図式といった絶対的カノンの時代、18世紀のより解剖学的な時代、骨格、筋肉、神経組織、血管組織への注目。皮膚をはぎ取った筋肉が露出した身体彫像の製作(実物を想像するとグロテスクだが彫塑なので抽象化されている)。19世紀のダーウィン的進化論の導入し、人体のみならず動物が研究対象になったこと。さらに19世紀末に、病人、小人症、ヒステリー、ハンディキャップなどのいわばマイノリティ身体が研究されたこと。写真という最新テクノロジーを導入し、連続写真をつかうことで、運動、瞬間などにおける身体をスタディしたこと。

とくに連続写真がスタディされていたことはなかなか面白かった。つまり未来派の絵画で、階段を降りる裸婦といった有名なものがある。しかしそれよりボザールは20年も先行しているのである。

ぼくにとっては「パリの未来派」展とこの「身体の図像」展をほとんどつづけて見たことはたいへんよい勉強でした。いちおう建築史をやっているので、日本人が前衛を重要視しすぎること、ほんとんど前衛的価値観で歴史全体を見てしまうという逆パースを犯してしまう傾向にあることなど、もちろん気がついていた。

でもふたつ展覧会を前後してみると、なぜ前衛があれほど声高に反アカデミーを叫ばねばならなかったかも、よく理解できる。つまり、アカデミーがとても古いからではない。逆にそこでは、とても本質的であり、根本的なことが取り組まれていたからなのです。

アカデミーでは、理想的身体のみならず、その徹底した器官的解剖、崩れた身体、反理想的な身体、瞬間への微分、流れる時間への展開、すべてがなされてきました。

つまりアカデミーはすでに前衛を内包していました。

だからこそ、そのアカデミーから脱出するために、前衛と称する人びとは、決死の覚悟で、いまだにヴィニョーラだ、いまだにダヴィンチだ、という虚位の捨て台詞をはきながら、自分たちの独自性を主張しなければならなかった。

未来派の人びとが「もうぼくたちは塵芥と断片でもってしか創作しない」と叫ぶとき、それは荒野に分け入る開拓者というより、追いつめられた者の悲鳴というように、ぼくには感じられます。そして社会は、じつは包容力に満ちていて、既成概念からはずれるがゆえに無視しつつ、じつはおおいに期待していたのではないでしょうか。保守も、前衛も。

さてそれではボザール、アカデミーのほんとうの限界はなにか?それはあと50年、100年しないとわからないかもしれない。しかし視野の狭いぼくの直感、ぼくなりのカンでいえば、最終的にフォルム(形態、形式)として、彼らは考えていた、というようなことでしょうか。フォルムそのものを否定したら、アートはなくなってしまうかもしれない。でもたとえば、アルゴリズムで考えるアーティストもいた。彼らはそういう意味ではボザールの欠陥を補っていたのかもしれない。しかしそれでもアルゴリズムはそれ自体の形式があるがゆえに、再フォルム化の陥穽はつねにあります。

・・・などなど。結論は100年後でもいいのではないですかね。

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