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2008年11月の10件の記事

2008.11.29

ディジョンよいとこ

パリにてディジョンを回想する。

ディジョンでの資料蒐集はとりあえず終わり。研究ではいつもそうなのだが、資料蒐集には終わりというものがない。ひとつの資料を読めば、新しい研究テーマがうかび、それもひとつではなくいくつか。もちろん期待が裏切られたりで、淘汰されることはあって、すべてが研究になるわけでもないが。ともかくも調査するにしたがって、必要項目は増えてゆく。食べれば食べるほど食欲がます美食のようなものである。

それで結局、なにが打ち切りの基準になるかというと、結局、研究発表についてのこちらの事情だったりする。これはこれで情けなが、しかたない。

ディジョンの17世紀の都市プロジェクトは、王室のバックアップ、ブルゴーニュの主体、であるにもかかわらず、100年たってやっと完成する。

西洋史の専門家は、政治的対立、制度的矛盾があって、都市計画が円滑にすすまなかった、というような理解をする。そうだろうか?西洋史の専門家こそ、建築や都市計画については、まだ現代的センス普遍なものとし、それをそのまま歴史的に遡及しているにすぎない、とぼくは考える。そうではない。むしろその錯綜したプロジェクトの過程のなかに、歴史があり、真実があるのである。

文化遺産的にいえば、ひとつのプロジェクトの最初が文化財になって、最後がまだ完成されていないときに、全体としてはどうするのだろうね。フランスは、歴史の現代につなげるというマルロー哲学が生きていると思われるから、思想的には大丈夫だと思われる。

さらにいえば、1世紀をかけてプロジェクトが完成してから、10数年で革命がおこり、体制はまったく変わってしまう。つまり空間と機能が一致していたのはわずか10年とちょっとなのだ。それまでは未完成であり、完成状態の10数年がすぎ、やがて転用としての200年がすぎ、さらに現在、別の転用としてディジョンの中心を占める。

これが制度的には文化財として受け入れられるのは、ある特定の時代を代表しているとか、そんなみみっちいことではない。むしろこの建築は、大文字の歴史を内包しているのである。さらにさまざまな芸術を包み込み、事件を目撃し、人びとの人生を見守ってきた。それはすでにひとつの超越的な存在となっている。そしていまパリにおけるルーヴルのような立場の美術館として改装されている。

歴史的な建物の現代への応用などといった計画学的な理解は皮相なものであろう。そこでは建築、あるいは空間が、自律的であり、かつ超越的である。擬制のように思えても、超越性が思念されているのは否定のしようがない。

ディジョンのひとびとはとても親切であった。

市立図書館では、ぼくは登録カードをつくるときに、研究テーマなんかどんどん説明してしまう。すると司書は司書で、いろいろしっている。誰それ教授は偉いんですよね、なんていうとそうそう、あなた、この本を知っているんですね、でもこれは知らないでしょ、是非読みなさい、なんて閲覧希望をしていない文献もよこしてくる。結構これが新しい研究テーマのヒントになったりする。やはりフランクに話してみるものだ。

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アーカイヴ(↑写真)の人もとても親切。まったく同じような感じ。

古本屋でも丁寧に探してくれて、1975年刊の文献を見つけてくれた。感激。

パリではすくなくとも10回に一度はけんもほろろを体験して、こちらの態度が横柄なのかなと反省するのだが、ブルゴーニュというかディジョンではまったく雰囲気が違っていて、よかった。

地方でも首都でも同じなのだが、デジタル化は図書館やアーカイブの風景を変えた。みんなPCをもちこみ、デジカメでどんどん撮影している。読解スピード×持ち時間において圧倒的に不利である短期滞在の外国人研究者のみならず、ご当地のひとも同じである。

デジタルな時代になっても、読書空間に良さは圧倒的である。図書館はふるい教会内陣を転用したものだ。気持ちがいい。とにかく集中できる。

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アーカイブはふるい屋敷で、ブルゴーニュ地方総督の建物であったらしい。閲覧室は、1766年にモーツァルトがコンサートを開催(↑部屋)した部屋。といっても、広さは学校の教室ほど、でも天井は高い、といった感じ。古典主義時代のことを調べているぼくにはとてもフィットする。

レストランの食事もぜんぶ当たりだったし、日本的基準ではビジネスホテルに相当する宿にもプールはあるし、展覧会で図録を買うとおまけまでくれるし、ほんとうにディジョンよいとこ。

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2008.11.24

すでに文化財となったコールハース《ボルドーの住宅》のDVDが出るらしい

コースハースが建設した「ボルドーの住宅」をテーマにした、文献とDVD《koolhaas houselife》が出る。製作元はBêka filmsという、イタリアの会社らしい(実態は知らないので、不正確かもしれません)。制作者はLouise LemoîneとIla Bêkaである。

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Bêka films→ http://www.bekafilms.it/index.html

フィルム→ http://www.koolhaashouselife.com/html/the_dvd_book.html

前者Louise Lemoîneは、「シュド・ウエスト・グループ(南西グループ?) Groupe Sud Ouest」の亡くなった会長Jean-François Lemoîneの娘である。そのルイーズが製作するのであるから、すこし自伝的である。

なおGroupe Sud Ouestは1944年創業。新聞、週刊誌、フリーペーパー、テレビ、電話、インターネットなどを経営するマルティメディア会社である。地方を旅すると、空港や駅や書店でこの社名をたびたび目にし、その存在感を感じる。

会長の妻エレーヌが、レムに依頼してできた。1998年に竣工して、メディア公開された。交通事故でハンディキャップを負った会長のために、エレベータが家の中心を占めていた。

竣工して今年で10年だが、すでに歴史的建造物の追加リストに登録されたという。なんどでもいうけれど、築後50年たたないと文化財かどうか判断できないといったり、淘汰が歴史の審級などといって、文化的に無知な人びとが建物を取り壊すことを正当化するという矛盾に気がつかない日本の専門家は、こういうことをどう理解するのであろうね。制度の違いというより、これは文化そのものの違いなのだけれど。

それはともかく会長は2001年に亡くなる。妻にとっては思い出深い。しかし子供にとってはそうでもない。

フィルムのなかでは、スペイン人メイドの日常的な家事仕事の生活として描かれている。さらにこのメイドが、水のトラブルと戦う様子が映し出されている。コールハースもインタビューということで登場するらしい。メイドがきわめて旧式の掃除機などローテクで家事に取り組むのにたいし、コールハースはハイテクをつくした設計の住宅なのに、という困惑した建築家の立場。そのコントラストがおもしろいらしい。雨漏りを糾弾する日本の施主とはちがって、建築家の「独創」に、なかばあきれつつ、なかば共感している、そういう施主家族の表情が想像できる。

ぼくにとっておもしろかったのは、ウェブ版ルモンド紙の記事である。このハイテク住宅(日本式には忍者屋敷的住宅とでもいうべきだろうね)は、ジャック・タチの《モノンクル(ぼくのおじさん)》を思い出させる、という。そういえばこの古い映画にも、1960代的な未来派的住宅が登場し、いろいろ機械仕掛けに満ちていたり、円い窓が巨大ロボットの両目のように見えたりもする。フランス人から見れば、ボルドーの住宅も、こうした既視感のあるもののようです。そうした意味では、機械仕掛けと生活、というこれも永遠のテーマに繋がっているようで、フランス人にとっては好むも嫌うも、こうした文脈が用意されているのは確かなようです。

オランダ建築家による20世紀の最後を飾る傑作住宅も、どの文化から見るかで、まったく評価の中身が変わってくるようです。

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2008.11.21

デジタル・ヨーロッパ図書館Europeanaが11月20日からアクセス可能

ウェブ版ルモンド紙の記事(2008年11月20日付)です。グーグルに対抗して、ヨーロッパでは図書館などのデジタル化に力をいれている。デジタル・ヨーロッパ図書館のプロトタイプが、11月20日、ブリュッセルで立ち上がった。

図書館はEuropeanaと名付けられている→ http://dev.europeana.eu/

サイトはひとつでも、多言語であり、27カ国の図書館、ミュージアム、アーカイブなどを束ねる。記事ではアレクサンドリアの図書館に喩えている。プロトタイプはすでに2007年、フランス、ポルトガル、ハンガリー人のスタッフが立ち上げている。もちろんグーグルに対抗するのが目的。グーグルはすでに700万の書籍をデジタル化したというし、Google book searchで検索可能。

とりあえずヨーロッパ側としては、11月20日から200万点(書籍、絵画、写真、動画、音楽)がインターネットで閲覧可能。フランスでは、国立図書館、国立公文書館、音楽院、などがグループをくんでとりくんでいる。Europeanaのチームは、オランダ王立図書館を本拠として活動している。このデジタル・データベースはヨーロッパの21カ国語でアクセスできる。いまのところすでにデジタル化したものは、ヨーロッパの総量の1%にすぎないという。しかし2010年には1000万点に達する予定。

ヨーロッパ委員会そのものは財政出動はしない。しかし予算枠を提示するのみ。国が、お金をだしたり、公共と民間のパートナーシップを調整する。たとえばフランス政府は、国立文献センターに800万ユーロを提供すること、などが模範例。フランスは52%財政支援としてトップの貢献。

・・・といったようなことです。

日本の主要メディアはまだあまり報道していないが、これはたいへん重要なことです。

新しいデジタル図書館は、これまでの膨大な知の蓄積に容易にアクセスできるということだけではないらしい。ユーザーがコンテンツをアップロードできるようにもなるという。もちろん検閲があるかないか、いろいろ悩ましいでしょう。しかし自分の研究成果などを、講評したい、永遠に残したいという人には、大学や学会、出版社などに頼らなくてもいい、道筋ができます。もちろん出版社、学会などは審級としてその機能が消えるわけではありません。

また英語圏、ヨーロッパ語圏でそれぞれ核融合的に知が展開するなら、日本も同じようなことをしないと、遅れるのは必至で、文化、芸術、科学技術はどんどん遅れをとることになるでしょう。そして日本の場合は、他のアジア諸国と歩調をあわせたほうがいいのでしょうが、やはり国(政府)が中心にならざるをえない。

とはいえこれからの学者は、自宅書庫に文献を抱え込まなくてよくなって、たいへんよいことです。すでに絵画は、かなりそんな状況に近い。いろいろな図書、データベース、デジタルコンテンツにアクセス可能として、それは万人に平等な状況になるか?

ぼくは格差はますます広がると思う。

そこで問われるのは「読み」の能力です。といっても識字率のことではない。リテラシーがあるかないか、が大切になるでしょう。言外の意味、行間の意味、をよみとれる人間と、そうでない人間の差は、ますます広がるような気がします。

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教育関係者のマニフ

「マニフ」とはマニフェスタシオン。デモのことである。

図書館で資料蒐集をして、成果があがったので早めに出ると、広場に人が集まっていた。旗やなんかをのぞいて、教育関係者のストとすぐはわかったのだが、よくわからない。フランス名物ということで、カフェで紅茶をのみながら見物。ギャルソンによれば、これがフランスだよ、教員の数を減らそうとしているのさ、ということであった。

火事と喧嘩は江戸の華、でもこの伝統はなくなった。しかしマニフはまだまだフランス都市の華だ。

フランスの都市空間は、基本的には17世紀から18世紀にできたものが、骨格をなしている。19世紀と20世紀は、それらのまとまりのある空間を、ひとつひとつの細胞のように組み立てなおしているか、スケール感の欠如したたんなるシステムとして機能しているにすぎない。ひとつの主張のもとに集まった人びとが、社会の現実のなかで、しっかり力をもっているように、実感できる(実際はどうかしらないけどね)のは、こうした古典主義の空間がいちばんなのだ。

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この広場はかつてブルゴーニュの権力の中枢であった。だからここに集結することに、アピール性がある。

ホテルにもどってインターネットでのぞくと、教育相のクサヴィエ・ダルコが教育改革を打ち出しているらしい。教職員の数を減らす。そしてこれまで1クラス30人であったものを、35人にするという。

教育関係者ならただちにわかると思うが、このプラス5という数字は、破局的である。一クラス20人までが全員に目の届く数である。30人はそれより多いが、頑張ればまだなんとかなりそう。35人はその倍近い。落ちこぼれは倍増するであろう。これはどの国の教育関係者もそう考えることである。

フランスのメディアも、その点を危惧する教育関係者の声を紹介していた。

ところでたいへん不謹慎な言い方かもしれないが、学校の先生のデモはしょっちゅうあって、外人から見ると一種の祝祭のような感じがする。先生や、労働者組合や、各種団体だけでなく、子供連れで練り歩く。いちばんの被害者は子供であるから、それも道理なのだが、参政権のない子供は拒否権はあるのだろうか、などという心配は野暮というものであろう。みんな楽しそうなのだ。だからぼくも見ていて、とてもわくわくする。

もちろん人はいろいろ。

ぼくがお茶を飲んでいたとなりのとなりのテーブルでは、7~8人の高校生グループがビールを飲んでいた。彼らはどうみてもちゃんとした生徒たちで、不良ではないが、ちょっとやんちゃな感じ。彼らはこの広場で教育改革反対のマニフがあることを知っていて、学校の先生たちが多数通ることを知っていて、その沿道で堂々とビールを全員で飲んでいたのであった。

彼らはマニフを茶化して奇声をあげたり、指笛をならしたりする。すると、どうみても学校の先生らしい女性が、なにやら説教をする。でも彼女が去ると、生徒たちはまたはしゃぐ、といった具合。彼らはひとしきり楽しんだあと、後から来たクラスメートと合流してさっと帰ってゆく。これはこれで祝祭の楽しみ方なのだ。

関係者たちにとっては切実なのだが、フランスでは校内暴力、教育改革とそれへの反対デモは一種のナショナル・イヴェントのようなものである。68年を思い出すひともいるかもしれないが、基本的には革命まで遡るのである。都市空間を自分たちの身体性によって支配しようという願望。もちろん暴力性/祝祭性のバランスはたしかにまったく違う。しかし空間の文化というものはこの200年、さほど変わっていないようにも思える。

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2008.11.20

ホテルのプール(フランス編)

海外で仕事をしている知人と話していて、ふと疑問に思ったので、大航海時代の水夫はほんとうに泳げたのだろうか?ときいたことがある。こんなことは、じつはだれも知らない。命がけの水夫たちが泳げないはずはない。でも、常識のワナで、けっこうカナヅチがいたらおもしろいだろうね。

もちろん先史時代から人類は泳げたはずで、聖書など古代の文献にも記載はある。日本近世では「読み書きそろばん」だが、古代ローマでは「読み書き水泳」であったそうで、教育を受けていない人間をつかまえて「あいつは読めない泳げない」と揶揄する習慣があったそうだ。

しかしそれでも水泳は近代スポーツであることにかわりはない。というか「スポーツ」は近代特有のものだ。観光、登山、などがそうであるように。常識ていどのことを書くと、アーサー・トラジオンが南アメリカ大陸の原住民の泳ぎ方をみて近代クロールを原型をつくったのが1873年。オーストラリアの原住民のバタ足をとりいれてクロールが進化したのが20世紀初頭である。

前後するが1896年にアテネで第一回近代オリンピックが開催されたとき、水泳はその競技であった。しかしこの時点では、クロール、バタフライなどはまだ確立されていなかったことになる。また国際水泳連盟ができたのが1908年。

水泳/プールの広がりは、国民教育・初等教育の枠組みにおける体育教育、国民皆兵、軍事訓練、それからもちろん臨海レジャー、避暑、バカンスの発展、といった広範囲な文明の展開が背景となる。だから公共プールは20世紀にどんどん建設されたのであった。そしてホテルにプールが設置されているのも理論的には、驚くことではない。根は同じなのである。

ところで、事の成り行きは本人にとっても予測できないものであって、最近ぼくはプールへのアクセスがいいかどうかで、宿を選ぶようになってしまった。

というわけで11月15日はパリはリヨン駅近くの某ホテルで、泳ぐ。ここはリヨン駅北側の再開発プロジェクトということで建設された最近のホテルで、設備はまあまあ。フィットネスの事ジム、サウナ、プールなどがある。こんなものを利用するのは数の上では一部の人びとだが、つねにだれかが汗を流している。プールは地下にあって、空は見えないが、雰囲気はよい。ぼくがいったときは、家族が一組。母と娘が、泳ぐというより、水浴びをしてはしゃいでいた。べつにこのホテルに限らず、欧米のホテルのプールでは、黙々と泳ぐひとはあまりいない。ここでもプールサードではこの家族のご主人がフルートを吹いていた。ベートーベンも奏でていた。プールだから音が反響して、管楽器はまことによい。すこしだけ泳いでさっさと引き上げたが、いい雰囲気でしたねえ。

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11月17日はブルゴーニュの州都にあるホテルで、泳ぐ。中産階級料金ホテルなのにプール!ここは100年前に建設された建物だが、最近改装してプールをつくったようだ。中庭を利用している。すこし変わったつくりである。まず全体がL字型である。さらに既存建物のなかなので、輪郭がでこぼこして、気をつけないと、プール内部に張り出した角にぶつかりそうになる。ここは公共プールではないから、壁が近いサインやなんかが底にマークされてもいない。インテリア的には雑音がなくすっきりしている。でも事故や苦情がでないかなあ。年に1度は、だれかが頭を壁にぶつけているはずだ。さいわい、ぼくではなかった。

さらにこのプールには橋が架かっている。この橋をわたって、客は食堂に移動し、朝ご飯をいただく。朝、泳ぐひとないない(だろう)。夜、朝食をいただく人はいない(理論的に明白)。だから橋とプールは排他利用なのだ。こうしたわけでプールは経路として利用されている。おお、これは熊本県にある馬見原橋ではないか、新潟の潟美術館のプールではないか、などと反芻する。

でも泳いでみると、クロールの腕が橋にぶつかりそうで、こわい。

それから原油高と、伝統的に無駄をしないフランスにあって、水温が低いことは理解できる。つめたい。しかし少し泳ぐと暖まります。でも、塩素が強そう。

それからプールの規格。公共プールなら長さ、深さが決められている。フランスのプールはとても深い。大人でも足が底にとどくエリアは限られている。こんな規格に準拠していなくてもいいはずのホテルのプールが、なぜこんなに深いのだろうか。浅くすれば経費削減できるのに。

などと考えながら、黙々と泳ぐ。プールにぼく一人。ばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃ。読みも泳ぎもできるぞお。

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2008.11.19

ピアノがキンベル美術館の増築を設計することとなった

キンベル美術館とはもちろんルイス・カーン設計のもので、アメリカはフォートワースにある。1972年開館。

ウェブ版Architevtural Record誌の2008年11月18日の記事からである。

1988年にロマルド・ジョゴラによる増築計画があった。しかしこのときはカーンの傑作に手をふれるなんてとんでもない、ということで、頓挫した。しかし今回は、キンベル一族も周囲も賛成の模様。

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ピアノ案は、1万平米、スタジオ、教室、ライブラリ、ギャラリーを含む。ほとんど地中に埋められていて、カーンの美術館を損なうことはない。地上にあるのは2階建てのスチールとガラスのパヴィリオンだけ。来館者たちは、まず地下パーキングから、この新しい美術館を通過して、芝生、樹木、池をとおって旧美術館にアクセスするようにプログラムされている。

つまりカーンの聖地への、荘厳なる参道のように全体は設計されているようだ。

いまのところこうした全体プログラムがきまっている。詳細の設計はこれから。2010年着工、2012年完成の予定。

キンベル一族は2006年にピアノを選定。ピアノは1960年代にカーンと協同しており、テキサスで3館の美術館を設計している。

・・・・なるほど。増築の場合、新旧のボリュームという数値的なことばかり問題になるが、今回のように新規のものが、旧建物へのアプローチとして演出するというのは、良いアイディアである。

ピアノはロンシャンではル・コルビュジエの教会の隣に建てようとして批判されたが、テキサスでカーンの継承者としてうまくいっているようです。いずれにせよ、過去の巨匠、過去のすばらしい建築遺産との共演というような課題において、建築的価値というのは実質的に議論されるのであろう。これから日本でもそんな例が出るかもしれませんね。

今回は旅行中なのでサラっと。これから資料蒐集に出かけますので。

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2008.11.16

ギメ美術館にやっといけました

パリのギメ美術館は東洋美術のコレクションで有名である。ただなかなか行けなかった。建物が修復工事中であったからである。それだけならよくある話し。この件がすごいのは、ぼくは留学生のときから待ち続けた、ということです。80年代後半に留学生していたときも閉鎖。就職して余裕ができた00年代も閉鎖。いつオープンしたかは知らずじまい。でも今回やっといけた。

特別展は香川県の琴平宮所蔵のコレクションの展示。とくに面書院の襖絵などである。そのなんたるかはしかるべき文献とサイトで説明されているから省略する。ただフランス人の関心の高さと、理解の深さには感心しました。書院造りの、部屋が鎖状につながってゆくその空間ヒエラルキーにそって、襖絵のテーマは、鶴、虎、竹林の七賢人、そして山水、と変わってゆく。襖だから可動間仕切りなのだけれど、その部屋になければ成立しない。空間シークエンス=絵画シークエンスだからです。そういう意味では、絵画が建築から分離して自由になった近代絵画とはちがって、西洋のフレスコ画などのようなものに比較できるでしょう。またインテリアを、山水、竹林、などランドスケープの図像で演出するのだから、ますますヨーロッパ人にとっては理解できるもののようです。

展示は、日本的空間を部分的に再現するものとなっていた。つまり書院の空間シークエンスをおおむねそのとおり再現しながら、しかし会場を畳で敷き詰めるわけにもいかないから、縁側にそって襖絵がならんでいるような演出である。う~ん。なんともいえない。ご苦労が想像できるから。

現代作家の紹介もされていた。襖絵を、現代作家の現代絵画にしたときの作品も紹介されていた。これはオペラ座の観客ホールのドームをシャガールの絵で飾るようなものであろう。

方丈を現代アートで飾った僧侶の話はあまりきかない。この場合はお宮だが、やはり宗教人は保守的かもしれない。しかし襖は、テンポラリーに交換できるのであるから、常設的襖をときどき、まったく別の現代作品に交換して、そしてさまざまな作家にトライさせて、それぞれの作品のできばえを鑑賞するのは悪くない。そのとき、伝統的日本空間は、もっとおおらかに芸術を受け入れる枠組みとして機能するようだ。

たとえば式台から上段の間までの空間のヒエラルキー。通常は、鶴、虎、竹林、山水で飾られる。これは常設展。しかしときどき現代作家にまかせて、この空間の襖絵を創造させ、2~3週間、展示する。そして常設展にもどす。そして別の機会に、別の作家にまかす。

そうすれば美術館に幽閉されるのではない、別の形の生きた展示できます。

こうした試みはどこかでやられているはず。ご存じのかたはコメントください。

常設展も見ました。アジア美術のコレクションは豊か。インド、西アジア、東南アジア、中国、朝鮮半島、日本とめくるめくパノラマです。ちょうど20年ほどまえ、ボンベイ(ムンバイ)博物館でヒンドゥー教美術等のコレクションを見て、その豊穣さに感銘したときいらいの感激でした。

その内容もさることながら、地球的パースペクティブで眺めていると、やはり100年ほどまえの美術史家リーグルのことなど思い出さないではいられない。彼もまた古代美術を、オリエント、エジプト、ギリシア、ローマ、ビザンチン、イスラムと広大な空間と数千年にわたる時間とのマトリクス上で、構想した。そこではパルメットなどという装飾モチーフをパラメータにして、それが諸文明を縦断しながらさまざまな表現を生んでゆくことを明らかにした。

シバ神、ヴィシュヌ神などがどのように異なって描かれてゆくか、という興味である。

リーグルにもどると、彼の様式伝播の構図でひとつの軸になっているのが、具象/抽象である。植物文様は、実際はさまざまな形態をとるひとつの植物を、模様化する、つまり図像としてパターン化する。つまり具象でありながらすこし抽象化する。それが様式伝播の過程において、もともとも具象性が弱くなり、装飾がそれじたい自律してしまい、ほとんど抽象となってしまう。つまり古代ギリシアは具象の世界なのだが、イスラムは完璧な抽象の世界だ。

おなじようなことがアジアでも感じる。ヒンドゥは徹底的に具象です。抽象的な神々まで、人体像であらわそうとする。そしてその肉付き、体のしなし、姿勢など、その具体的な姿によってなにかを語らせようとする。しかし中国、日本に伝わってくると、すでに成立した図像を、マニュピレイトすることが残される。すると簡素化したり、パターン化したり、というような抽象が始まるのではないか。

つまり人間は、完璧に虚心坦懐にものを見るということができない。既成の図像的な図式にそって、ものを見て理解するにすぎない。だから人類史的に見れば、たとえばヒンドゥー美術の図像が最下層にあって、それをさまざまに変換した図像が、文化の根底にOSのように定着していたらどうか。それをうけとって発展させるのちの文明は、相対的に具象的であったものを抽象化させてゆく、という方向性しかないのではないか。

具象というのは大文明の中枢において創案される。しかし周辺部にゆくほど抽象化される。現代アートは、あるいみでこの具象/抽象=中枢/周辺という構図を露わにし、批判することだったのではないか。

つまり日本や台湾などの文明の周辺的存在の地域は、大陸文化の保管場所という機能(西アジア、ヨーロッパにたいしてイギリスのように)をになうだけではなく、「抽象化」という役割を、地政学的に任されているのではないか、というたいへんな暴論を、ギメ美術館のなかを歩き回りながら、考えていた。

もちろん抽象=幾何学的形態というように短絡してはいけない。抽象とは、抽象的に見てしまう、観察意欲でもある。・・・これは難しいなあ。すでに同じ論考をされたひともいるかもしれません。その場合もコメントしてくれると感謝です。

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2008.11.15

大腰筋のこと

これって「リハビリ」建築ブログだよねえ。ではその話題もしなければ。

整形外科、ピラティス、整体、マッサージ、水泳、水中歩行、お灸、民間療法などいろいろ取り組みました。もちろん経験者談、書籍、医者やインストラクターのご説教、WEB情報などさまざまに情報収集しました。

そしていまごろやっと、「大腰筋」は大切だというテーゼに到着した。

NHKが、半年前、オリンピック開催をにらんで、100M走のトップアスリートの大腰筋が並はずれてたくましいことを紹介していた。早く走るためのメカニズムが、よくできたCGで魅力的に紹介されていた。早く走るためには、地面をつよく蹴るだけではなく、蹴ってのばした脚を引き上げなければならない。そのために「大腰筋」を使うのである。なるほど。素人のぼくだけが知らなかった知識なのであろう。でも知ってしまうとたいへん有用。

「大腰筋」のおおきな特徴2点。

(1)上半身と下半身を「直接」結んでいる。脊椎と大腿骨とを結ぶ筋肉なのである。この点で、数ある筋肉のなかで例外的。だからいくら手や脚の筋肉を鍛えてムキムキになっても、ここが弱いと、上下がバラバラで、全身のパワーは半減する。最近のアスリートはいわゆる「体幹」のトレーニングを意識してやっている(というかフィットネスでもちゃんとメニューがある)。

(2)いわゆる「コアマッスル」である。インナーマッスル、深層筋肉、ともいう。なにしろ内臓のさらに奥、直接脊椎にくっついている、コアーな筋肉なのである。ただ、四肢の筋肉とはちがって、この筋肉を使っているのだという実感がなく、気づきにくい。だから意識しないと、加齢とともにどんどん弱くなってゆき、運動能力を低下させ、身体に障害を発生させることとなる。

で、短距離走にとっては足を引き上げる機能で重要なのだが、リハビリにとって重要な点はこのコアマッスルが「骨盤」の角度を決め、安定させるという点である。骨盤がふらふらして、角度が悪いとさまざまな障害の原因となる。

つまり身体を支え、安定させる筋肉だ、ということ。

ここまで考えて気が付いた。これまでの身体/建築アナロジーというのは結構いい加減であったのではないか。つまり19世紀の知識における身体、建築なのであって、21世紀になると身体についても建築についても認識はどんどん展開する。だからアナロジー形式そのものをチェックしなければならなくなる。

じゅうらいヴィオレ=ル=デュクは建築を支持/被支持の二元論で考えた。これは身体の骨格/内臓・筋肉・皮膜という構図が下敷きになっている。ル・コルビュジエのドミノ理論も構造体と空間パーティションをべつべつに考えるのだが、これは身体を骨格/皮膜とする考え方だ。

つまり19世紀的(ル・コルビュジエはじゅうぶん19世紀的だ)な考えかたにおいては、骨=支えるもの、である。これがたとえばRC構造に応用されて、ラーメン構造は骨格である、間仕切り、設備、家具などは内臓や皮膜のようなものである、という考え方だ。

でもこういう建築論は、21世紀になってだれでも知っているようなフィットネス理論とさえちがうようだ。身体を支えているのは「筋肉」である。骨格はむしろ「支えられる」ものである。

つまり筋肉という応力を発生させるものが、重力に対抗する本質的存在なのである。その意味で筋肉が身体を支える。では骨格はなにをするのか。それは「筋肉によって支えられる」という別の、重要な機能を果たす。つまり筋肉は、骨格を経由して、身体を支えているのである。あるいは骨は、筋肉が発生させる力の媒体、メディア、である、ともいえる。

だから理論的には、純粋な骨格は、いわゆるピン構造であり、いかようにも変形しうる。骨格だけでは身体は安定しない。そうではなく、身体は、多様な筋肉が展開する応力の、さまざまなベクトルの微妙なバランスのうえに、安定している。

リハビリにおいても、さまざまな整体、民間療法において骨盤の重要性はじゅうぶん認識されている。骨盤のズレやゆがみを矯正する療法もいろいろだ。しかし多くは、骨盤に直接働きかけて、直そうとしている。しかしぼくの愚測では、一時的な効果しかないであろう。それは筋肉をすこし無視しているからである。

最近の医療の情報化はすごいようで、ぼくのような末端的存在であってもWEB上で、骨格に多様な筋肉がとりついている様子を、とてもリアルに監察することができる。骨は、あちこちの筋肉に引っ張られ、浮いているように見える。さまざまなベクトルが総和され、ゼロベクトルになっている。検体ではなく絵でこれだけ理解させるのはたいしたものだ。

そんなCGをみて感じるのは、骨は自律しているのではなく、筋肉システムを中継しているのだ、ということ。骨が硬いのは、筋肉が発生させた力を、なるべく忠実に伝えるためだ。そして身体は、骨ではなく、重力や筋力の多様なベクトルがうまくバランスをとることで、安定するのである。その一例が大腰筋であり、これが弱ると、歩行も困難になり、寝たきり状態にちかづく。ある村で高齢者に大腰筋トレーニングをほどこしたところ、寝たきり患者が激減し、総医療費も半減以上であったという成果が報告されている。

だとすれば建築/身体のアナロジーなんて成り立たないのではないですか。骨=柱梁は短絡的すぎるようだ。地震で崩壊する瞬間くらいは、成り立っているかもしれない程度であろう。

でもさらに一考。

最近の構造設計家がデザインした魅力的な立体構造物は、それを複雑な骨格ではなく、「きわめて錯綜した、しかしIT技術により高度な安定が設計された、筋肉系」として解釈してもいいのではないのですか。もともとアナロジーなんだし。

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2008.11.12

ウツォン一家がシドニー・オペラハウス改装で難儀している

ヴァーチャル朝刊でウェブ版Building Design紙をのぞいていたら、この記事(2008年11月11日付)。この有名建築の改装をめぐって親子げんかか?

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昨年、改装工事が公表され、ウツォンの息子ヤン(Jan)が取り組んでいる。ヤンの息子Jeppe(イェッペ?どう発音するか知りません)との間の応酬である。

Jeppeはブリティッシュ・プレキャスト「コンクリート創造性」賞に父の代理として出たさいに、この改装はオリジナル作品を汚すものであり、祖父も父ももうこのプロジェクトに関わるべきではない、と爆弾発言をした。改装はデザインのパッチワークであり、とても混乱していて、危険であり、また祖父や父の名声もさることながら、建築の純粋さをそこねるものだ、という。改装を受け入れたことは奇妙だ、ともいう。

父Janは、劇場とは何十年も関係は悪かったが、デザイン・コンサルタントとしてふたたび指名され、Richard Johnsonと共同で取り組んでいる。息子は、このプロジェクトに参加してはおらず、正確な情報を与えられていないので、そのような非難を口にするということは、独自の建築家として自律したいということであり、若い建築家はよくそういう態度をとるものだ、というような寛容な?反応を示した。そして資金ができたので、父(Jeppeにとっては祖父の)の設計原理にしたがって修正しているのであって、父と私とRichardの関係はとてもよい、と念を押した。

ウェールズ建築大学の学長Richard Westonは、ウツォン研究家でもあるが、もちろん改装には賛成である。「ジョンソンだってウツォンのデザイン原理を忠実に守ろうとしているよ」と保証した。

・・・以上が記事のあらましである。

なお同じBuilding Design紙の2008年4月2日の記事が、改装工事についての初出である。この記事では、1960年代、ウツォンがかさむ工費の事情から、建設途中で担当を辞任し、地元建築家Peter Hallが引き継ぎ、インテリアなどを完成させた経緯などを説明している。現在、音響効果改善、キャパシティ強化のための工事は、ウツォンとその息子、地元建築家の共同である。工費は3億2000万ポンド。もっとすくない工費で別の場所に新築したほうがいいという議論もあるそうだ。

ウツォン辞任の経緯は、1966年建築雑誌において佐々木宏さんが紹介している。自分の意志を貫徹できないのなら辞任するといったようなことだ。またオヴ・アラップは継続したことについては若干疑問視している。

建築家はプリツカー賞、サイトは世界遺産、ということになれば、建築家の名前はいやがおうでも高まる。また建物は、彼の名前を記念して命名されたそうだ(確認しなければ)。

ウツォン一家がずっとやっていたことは、歴史上もよくある建築家一族のようなもので、とくに驚きません。しかし遺産のうえにあぐらをかかない孫は偉いかもしれない。偉大な建築家の家系はいろいろあるが、この場合、子どもや孫はつらいだろう。先代が偉大すぎるのである。孫の反応もわかるような気がする。

ともあれ世界遺産に認定された建築を、その当の建築家が再整備できるということは、まれにみるラッキーなことです。歴史を現代につなげるといういい事例です。またものの文化的価値のみならず、それを設計した人物の才能を讃えるという美しい習慣。

日本の近代建築をどう評価するかという点でも、歴史的価値は、その作品がいちど過去のものとなって歴史の審判を経てないと認められない、などと変なことをいう人がいる。そういう人物は自分では気が付いていないが、じつは、彼自身がみずから意識のなかで現代と過去を切断しているのである。連続/切断というのは、事実性の問題ではない。歴史を見る人間が、どちらの意識で見るのかという、態度の問題である。

建築は、思想、理念、理論の反映として認めらねばならないし、しかも、時代が変わると評価も変わってゆくが、しかしこうした思想や理念を、刻々と変化する物差しで測ってはいけない、ということである。では、どう判定するのか。まず、歴史はどんどん展開し、価値観は変わってゆくが、ある時代を象徴するものとして、評価する。これは相対主義。また個々の判断をこえた、上位の審級を設定して、そこに位を上げる。つまり芸術、文化、という超越的なレベルを設定する。実際のところ、この超越的な性格、あるいはどこまで超越的であるか、がカギではないか。啓蒙主義でやってます、などという説明は本音であろうなどと思うわけである。世界遺産、あるいはフランスなどの文化帝国主義にみなければならないのは、この普遍主義である。うがった見方をすれば、みずからが所有しているコレクションの価値をなにがなんでも上げてゆく、という徹底した思想である。

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2008.11.08

オバマ次期大統領への業界的視線

ここ二~三日体調が悪い、ふらふらする、集中できないぞ、と思っていたら、コーヒー飲み過ぎ、カフェイン過剰摂取であった。それなりに忙しかったのです。だからウェブも更新できなかった。でも今日は土曜日。カフェイン抜きして身体浄化しよおっと。ついでにWEB朝刊をぱらぱら(かちゃかちゃ、か)。おお空も明るくなってきたぞ。

朝日(11月8日付記事)、NYタイムズ(11月7日付記事)、ル・モンド(11月7日付記事)各紙も、次期大統領が経済対策に最優先で取り組み決意であることをのべた、と報じている。まだまだどうなるか不安な状況だから、大統領になる人にいちばんいってほしかった言葉であろう。

しかし業界は、同じようなことであっても、別の言葉で意思表明をする。AR誌、Bond Buyer誌、ENR.com、McGraw-Hill ConstructionのHPなど、11月4日の投票の結果を分析している。国内経済、赤字予算という問題はこれからの公共プロジェクトにとって脅威ではある。しかしカルフォルニア州では、州を縦断する高速鉄道の建設、LA市の学校群、SF市病院などについて投票者はOKの反応を示したし、ワシントン州ではシアトル市の新交通システムについてOKという反応が読み取れる。全体としては、産業界が新大統領に望んでいることは、この経済危機にもかかわらず、公共投資をして、経済を刺激してほしいといったことである。

ところでウェブ版AR誌の最新記事では、有名なソフト会社であるベントレ・システムズ社(Bentley Systems)が、インフラ・デザインのための新しいソフトをリリースするという。コード名は「アテネ」。ビルディング、道路、マニュファクチャリング設備など大規模プロジェクトはすでにソフトウエアなしには設計できない。ボーイング777がワーキング・トゥギャザ、つまりソフトと通信によって世界中のエンジニアにより共同制作されたことを思い出させます。こういうシステムは、基本はおなじ原理であって、最終プロダクトが建築なのか飛行機なのか、という違いにすぎないようです。

でもこれはたんに建築、道路、橋などを建設するシステムではない。それが協同作業としてできる、その協働性を促進するものらしい。だからデータの互換性といったことが生命線になる。そんなわけでベントレ社とオートデスク社は協定を結んで、データ交換ができるようにするらしい。

注目すべきは、こんなことも大統領選と絡んでいるという。つまり公共事業としての、公・民事業としてのインフラ整備がこれからどんどんプロジェクト化されるであろう、と予想しているからです。オバマさんは公共投資を増やす方針を打ち出していたから、この会社はオバマ支持ということでしょうか。というか彼らにとってはほとんど規定路線のようなものらしい。インフラの整備と再整備は経済における唯一の明るい材料とまで書かれている。

Building Design紙でも「オバマ、変革の建築家、が勝利」(2008年11月5日付、この反応の早さ)などという記事があった。彼の公約のひとつが、ホウイト・ハウスに都市政策オフィスを創設して、大都市圏戦略をねり、アフォーダブル住宅をたくさん建設するというものだ。プリントすると10数頁になるそのマニフェストもダウンロードできるのだが、ブログでその解説までする余裕はないので、記事のサマリーをさらにサマリーする。オバマさんは、アフォーダブル住宅基金を創設する、ヘルシー・プレイシズ法により地域コミュニティが開発などのインパクトを評価できるようにする、郊外スプロールにより生じた社会問題と戦うために高密度プランニングを支援する、都市計画をもっと中央集権的にしてひとりの都市政策長官が連邦レベルの開発計画をすべてチェックできるようにする、エコロジーも協力に支援してリサイクル、公共輸送に力をいれて建築もサステイナブルにしてエコな新しいものを推奨する、云々。

おなじ記事にはアメリカの建築家たちの反応が紹介されていた。「経済危機は緊急の課題だが、オバマ氏(のみ)が強調した、インフラ再整備の課題はほんとうに重要。アメリカの橋、道路、鉄道はもうぼろぼろ。エコの取り組みも重要」。「学校建設に力をいれることは、建築にとってもいいこと」などなど。

オバマさんのマニフェストのなかにも、アメリカのインフラを抜本的に再整備する、アフォーダブル住宅を力強く支援する、などの項目がある。

・・・などなど。

いろいろご意見を伺っていると、次期大統領はあまり日本に優しくないんじゃないか、という声が多いようです。また大局的にみて、20世紀以降は資本主義/社会主義という両極構造があって、旧社会主義諸国は資本主義化したが、こんどはアメリカが社会主義化する番だなんて皮肉もある。

じっさいENR.comの記事(2008年11月7日)によれば、新大統領のすべき(するだろう)最初の仕事は、ブッシュ時代の政令を転換して、連邦プロジェクトにおいてもユニオンの声が反映されるように戻す、建設工事において雇用者ではなく被雇用者に有利な法制を確立することであるらしい。選挙においてもユニオン・メンバーの67%はオバマ票、30%がマケイン票であった。

都市政策マニフェストをのぞくと、どれも必要なものであろうが、新しい概念、これぞ21世紀というものはない。インフラ(再)整備も20世紀初頭に強調された概念だ。アメリカはいちはやくそれを整備したので、いちはやく劣化し、だからいちはやく再整備しなければならない、というのはわかる。また21世紀はよりモビリティが求められるというのも通説どおり。またアフォーダブル住宅というものも、もちろん時代が違えば文脈が違うのですが、100年前なら社会的住宅といったり、もっと端的に低家賃住宅などと呼んだものに相当します。

でもアメリカ産業界は、インフラ再整備がいまのところ考えられる唯一の経済カンフル剤だと考えているなんて、本当かい?断片的にのぞき込んでの印象ですが、ITバブル、住宅バブルとつぎつぎに崩壊し、いまのところインフラ整備頼み、そこにソフト会社もビジネスチャンスを見いだし、ユニオンもそこへの発言力を再確保しようとする・・・・。いくつかの記事はちゃんと円環を描いてつながっている。ぼくとしてはこの指摘をよく憶えていて、4年たったら点検してみましょうか。

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