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2008.10.12

SANAAがルーヴル=ランス計画のプレゼをした

日曜の朝一だから短めですよ。

WEB版ル・モニゥトール2008年10月12日付によれば、この10月8日、パリのルーヴル美術館オーディトリアムで、SANAAの妹島和世さんと西沢立衛さんが標記施設の計画を説明した。

450席のオーディは満席であった(この数は、ルーヴル美術館館長を東京に招いて、日本の美術館のこれからを検討したシンポジウムよりも多いはずである)。期待のほどがうかがわれる。

ル・モニゥトール誌はたいへん辛辣であった。そもそもヘッドラインに「言葉足らず」とあるように、不満を表明。建築と自然の調和がテーマであったが、ガラスと鏡の併存、建築が消えないで存在しているからこそ建築と自然は調和できるといった説明がされたそうだ。最終的には、あまり長い語りをしなかったのは、建物をして語らしめるためか、というのが記事の結びであった。

記事を書いたのはMilena Chessaという人である(ぼくは知らない)。これはプロジェクトの内容を紹介するといいう本来の目的を果たさずに、むしろ講演そのものの評価をしているような記事である。困ったものだ。

もっとも大新聞の文化欄で「失望した」などとしょっちゅう平気で書く国ですから、気にすることもありませんが。

ただ記者にも一理はある。つまりフランスではこのような講演は、エンタメなのである。観客もじつは、オペラかコンサートのような感じで、すばらしいパフォーマンスに酔いしれたい、欲をいえば高尚なことをいってもらって、東洋美学なんか披露してもらって、うっとりしたい、と思ってやってきているのである。小役人的に規準で判断しようというのではなく、SANAAという素晴らしい才能に触れたいと思ってきている。

だからヨーロッパの観客が辛辣であるとしたら、あたりまえだが、じつは期待も大きいからなのである。パリの書店にはSANAAのぶ厚い作品集が平積みにしてある。知名度はもちろん高い。あらかじめ準備している観客をして、こってりと、じっくりと、堪能させてあげなくてはならないのである。観客たちは、はやく私をうっとりさせて、と待っている。

ぼくの狭い経験のなかでは、伊東豊雄さんはこの聴衆の欲望をよく知っている。さすがである。

ドミニク・ペロは専属の建築理論家か批評家をつけているそうである。日本からの文化輸出は、じつは50年代60年代はむしろ論と哲学であったが、最近は実作とパフォーマンスに重心が移行している。批評(性)の発信、長い目でみると、最近はこれが相対的に弱いのである。

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コメント

また、楽しくブログ拝見しています。
これは日本人が海外で講演する時の言葉の問題が大きいと思います。
私も何度か海外での講演のオルガナイズをしたり、自分でも講演をしましたが、日本語の通訳の問題でいつも苦労します。
スペイン人の聴衆相手ですが、スライドを使って建築の少し難しい話をしようとしてもなかなか伝わりません。それよりも、キレイな建築完成写真を見せて、通訳の手馴れた分かりやすい説明の方が絵を鑑賞しているように入りやすいので、感動を待っている観客は満足します。通訳が間に入っているので、講演者にも余裕が生まれ、日本語で冗談を言っても、現地の言葉で巧く伝えてもらえる関係が重要なのです。
伊東さんの場合は、スペインではそれが大変うまくいっていると思います。前にミース財団での講演を見ましたが、多分、姉島さんの場合はご自身で全て英語で話そうと努力されるので、特にスペイン人やフランス人には伝わりにくいのではと思います。
ですので、EUでは現地の気の置ける専属の通訳、対報道スタッフが重要だと思います。

投稿: ユーイチ | 2008.10.13 19:29

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