« エコール・デ・ボザールで『身体の図像』展 | トップページ | レンゾ・ピアノの「改悛」 »

2008.10.31

イギリスや日本ではPFI、フランスではPPP

日本でもはやりのPFI方式(民間資金を公共設備整備に活用する方式)は、近年イギリスから導入されたということになっている。しかしフランスではず~と前から似たような方式でやっていたことを書きます。面白いですよ。

イギリスや日本のPFI(Private Finance Initiative)に相当するフランスの制度がPPP(partenariat public-privé)である。「公・民パートナーシップ」と訳しても、日本語でパートナーシップとはまた別の意味があるので、訳しにくい。いっそのことフランス版PFIとしたほうがいいが、PPPというのも響きがよい。完全同一でもないので、PFI、PPPそれぞれわけたほうがよさそうだ。あるいは英語の「パートナーシップ」とは違うフランス語の「パルトナリア」でも使ってみようかな。

ウェブ版ル・モニトゥール誌の記事『PPP法案、2008年末までに公表』(2008年10月29日)である。抄訳してみよう。

「中小企業担当閣外大臣secrétaire d'Etat chargé des PME であるエルベ・ノヴェリHervé Novelli は、10月29日、PPP第二回国際会合で声明を発表。公・民パートナーシップを発展させる法律の実施文面が年末までには公表されるであろう、と。PPPの適用範囲を定めたこの法律は、7月に、すでに採択されている。その基本。民間事業者に、公共施設(スタジアム、病院、TGV、監獄・・・)への、出資、建設、管理維持をできるようにする。期間は5年から30年。その間、家賃や売上げの一部を享受できる。PPP方式のプロジェクトのなかで予定されている大規模なものとしては、たちえばパリ第四・第七大学・ヴェルサイユ大学の改築で、これには3億5000万ユーロをあてる。エコロジー省の建物、それが入居するラ・デファンスの超高層建築。・・・」(Adrien Pouthier avec AFP)

専門家ではないのでフランス語版ウィキペディアで「PPP」を検索してみる。1992年にイギリスのメジャー首相がPFI制度を立ち上げ、労働党政権下ではとくに病院がこの方式で建設されたことにはじまるが、今日では世界銀行、ヨーロッパ投資銀行などもこの方式を推薦しており、しばらくは世界的な趨勢であろう。専門家は2030年の時点でも、公共がインフラに投資する割合は小さくなりつづけると考えている。これがおおきな枠組み。

ところでウィキペディアに指摘されるまでもなく、民間資金を公共工事に活用することは歴史的にはフツーのことである。たとえばスエズ運河は、レセップスが株式会社を設立して、会社の事業として建設したものである。しかし経済的、戦略的にあまりに大きな意味をもっていたので、株式会社であるということを逆に利用されて、イギリスに乗っ取られたのである。

そこまで大きな話しとしなくとも、ドーフィーヌ広場や、サン=ルイ島の開発など、すべて国王が民間業者に開発許可と土地をあたえ、最初の期間は利益をえていいという条件で、公共事業をやらせたものだ。この方式は17世紀にはあったし、すくなくとも19世紀にはさかんであった。セーヌ川の橋、新しい住宅地などはこの方式で建設された。

違う方式だが、日本でも17世紀から入札という制度と、それが必然的にもたらす談合という裏取引の習慣があった、というのとなんとなく似ている。それは公共事業を社会的に成立させるシステムが、17世紀という都市の変革の時代に、しかも幕府、絶対王政という巨大権力の時代に、できたというような話しだ。

それはともかく、たとえば国や市が公共工事をしたいので、民間にやらせ、一定期間利益を得ていいと許可する制度は17世紀からあった。concessionという。しかもPPPは25年から30年としているが、concessionもまた普通は30年である。

だからPFIもPPPもヨーロッパでは手慣れた手法なのである。

そういう意味で21世紀のヨーロッパを見るためには、17世紀から19世紀の経緯というのはたいへんに参考になる。いや20世紀という公共肥大の時代が特殊なだけで、もっとあrとになったら、16世紀あたりから21世紀はおなじパラダイムでくくれる、なんてことになるかもしれないね。

ついでにフランス語版ウィキペディアなんか抄訳してみよう。

「フランスのPPP.

歴史的には、(フランス革命以前の)旧制度フランスにおいて通常の手段であったコンセシオンconcessionはまさにPPPであり、これによりフランスは、ミディ運河、第二帝政時代のパリ大改造という公共事業により近代化されたるインフラといった、公共的な最重要インフラを整備できたのであった。

現代においては、警察、憲兵、国土防衛のための建物の建設と維持管理を、民間セクターに委託することを国家ができるようにする、契約の方式を、2002年の法律でできるようになった。裁判、医療もまた従ったが、そののち「パルトナリア契約」方式ができた。

契約的PPPには一般的に下記のような公的契約がある。

MP=分割払いのないグローバルな公共マーケット

DSP=公共サービスの委託契約(コンセシオン、請負契約、代表管理方式regie intéressée)

AOT=公共領地の占有を許可することを含む協定

BEA=行政的な永代賃貸借

CDP=「パルトナリア契約」(最新のもの):これはほとんどイギリスにおけるPFIのようなもの、とされる。2004年の政令でできるようになった。

厳密な意味では、PPPは、民間パートナーに支援された公共投資が、コンセシオン、AOT、BEA、CDPに限定されるようにする。民間パートナーは、公共発注のたんなる施行者ではない。2008年1月、経済財務省の出した数字では、PPP総額は100億ユーロ、そのうち72億がパルトナリア契約である。

ヨーロッパではまだPPPは正式に法的に定義されていないらしいが、事実上はすでに動き出しているようだ。ここでは公共と民間の資本そのものを融合して(おそらく混合経済方式で)やる制度的PPP(PPPI)と、契約的関係で公と民が協調する契約的PPP(PPPC)を区別しているようである。」

・・・・以上のようなことが、2008年時点における、イギリスより若干遅れたフランスの状況である。PFIの導入検討はむしろ日本のほうが早いのかもしれないし、またぼくは専門家ではないので、イギリス式と具体的にどう違うのか、詳しいことは知らない。

ただ歴史的事実として知っておくべきは、フランスでは、すくなくとも17世紀以降は、コンセシオン=PPP=PFI方式が一般的であったことだ。

たとえば国王が、橋を架けたい、新市街地を整備したい、というときに、宮廷の金は持ち出さない、ということである。古くは都市に、公共事業のために特別税を創設することを許可し、財源を与え、城壁をつくらせたりした。しかしそのうち、ある請負業者や、有力な貴族に、土地を提供するなどの便宜ははかるが、それ以上は民間人に投資させ、利益をえる許可を与えるとともに、何十年後には市や国に返還するという約束をする。このような例は結構多い。19世紀になると、今度は市が、民間の請負業者に、コンセシオン方式でいろいろ建設させ、もうけさせたあと、30年後には市のものにする。

このコンセシオンの手法は、宮廷や都市の、一種のリスク回避である。事業が失敗した場合、その請け負った人間が破産すればよいのである。

とはいえ公共事業のリスクはすくなかったかもしれないが、国王は戦費と宮殿建設で国を傾けることとなったのだが。

|

« エコール・デ・ボザールで『身体の図像』展 | トップページ | レンゾ・ピアノの「改悛」 »

建築論」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/424713/24863800

この記事へのトラックバック一覧です: イギリスや日本ではPFI、フランスではPPP:

« エコール・デ・ボザールで『身体の図像』展 | トップページ | レンゾ・ピアノの「改悛」 »