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2008.07.04

「巨大建築」と「偉大建築」

出張って楽しいなあ。仕事のあと山の上ホテルにある「ノンノン」でワイルドターキーなどをいただきながら、竹中工務店の萩原さんと建築談義をしたものです。

(1)まず「巨大建築」と「偉大建築」について

ル・コルビュジエがアメリカにいって、NYの摩天楼をみて、まだ小さいと、指摘した。ふつうそこに彼特有の含蓄、屈折、アイロニーがあるんだろうと考えますよね。一種の挑発行為だろうって。でもぼくは、ル・コルビュジエは率直にそう感じただけなんだ、という気がする。事実をそのまま述べただけ。なんのひねりもなく。

なにを根拠に?

ぼくもそう感じたから。アメリカにいったとき。

そうアメリカの建築は小さいものを積み上げて大きくしただけなのだ。こんな大きさは、ほんとうの大きさではありません。

コールハースがいう「ビッグネス」ってそんなもんだろうね。サイズの大きさ。それはそれですごい。でも、サイズがある段階を越えると、中身と関係なくなる、なんていうのは、近代的な計画的な理念からするとそう思えるだけ。では近代以前の感性からすると、事態はまったく別なんだな。問題はぼくたちが、するりと近代的感性を脱げないこと。近代というなら、まさにそんなこと、いともたやすくできなきゃあ。ねえ。

つまり「巨大建築」っていうときに、はいなんメートル、はいなん立米、といったサイズ的、数値的大きさのことばかりいっていたのさ。だから日本語の「巨大建築」などというものは概念としてすでに矮小的になっている。だから別の言葉をさがさなきゃ。だから「偉大建築」。

なんとなくわかりますよ。おっしゃりたいのは。ラスキンの「犠牲の燈」なんてことでしょう。つまり尊い犠牲のうえにたった建築は、気高く、立派で、大きい。これこそ「偉大」ですね。ゴシック大聖堂などは、民衆の冨と財力を捧げた、ある種の犠牲建築ですよね。それが悲惨さではなく、偉大さとなってあらわれているという。

そうです。スターリン建築のことではありません。あ、そこにもひょっとしたら犠牲の燈はあるかもしれませんが、そんなブラックなことまでは言いません。偉大建築とはいいかえれば不条理建築かもしれない。時代が変わるとなぜあんなものをつくったか、わからなくなってしまう。しかし最近世界中で建設されている超高層建築のように、費用対効果が計算済みで、世界で浮遊している資本がこれだけあって、こうれだけ投資すれば、こんだけリターンがあって、など金融工学の上で正当性がちゃんと証明できちゃうと、どんな大きなものをつくったって驚かないですよ。

つまり高さ3キロのビルだって合理性を説明されたとたん、フツーになってしまう。しかしそれが狂気のなせるわざなら、ある種の感動がある。それが偉大建築である。まあ、そんなとこかな。

でも具体的にはどんな例があるの?

偉大建築の例としては、もちろん古代ローマ建築。そこまでいかなくとも、ムガール帝国、サファビー朝の建築、などは偉大ですねえ。でもいまは偉大が生まれない構図がある。つまり犠牲はでないの。すべて計算済みだから。そもそも犠牲なんてのは、計算ができない時代の概念だから。それに「メモリアル」なんてジャンルが独立したでしょ。かつては建築がメモリアルにもなったわけ。でも建築とメモリアルは別のジャンルになってしまった。

磯崎新さんが北京につくった大建築はちょっとスターリングっぽいけど、あれなんかは追悼的な偉大建築にはならない?

うーん、どうでしょ。よくわからないけど。でもあの世代の人にとっての偉大建築は、まず東大寺南大門であったことは確か。岸田日出刀の『過去の構成』のなかで再評価されたのがはじまりでしょうね。戦前のモダン派は南大門を一種のモダンとみなしていた。まず単純に大きい。構造的に合理的であろうとした。大陸的な普遍的論理に支えられているかのように見える。さらに後年、伊藤ていじさんは、重源による「犠牲の燈」的なバックグラウンドを描いた。でも20世紀にはもう偉大建築はつくれなくなったのではないの。せいぜい代々木オリンピックプールくらい。あれは建築家そのもののモニュメント。建築家の片思い的な犠牲精神が奇跡を呼んで、本物の建築をつくってしまった。

そうかあ。

そうかあって?

ということはこれからは建築家自身が犠牲になるしかないってことですね。建築家は殉教者。建築教の殉教者。それが偉大建築への最後の道。

・・・もう一杯いく?

(2)モダンについて

で、モダンなんだけれど。最近の「モダニズム建築」なんてのは論外だけど、恐ろしいことには、世代的に支持されてしまうと、それが既成事実化しかねないね。

その可能性はじゅうぶんあるね。

でもモダンはひとつではなかった。出会いがモダン。葛藤がモダン。

いきなりきますね。そのココロは?

ヴォーリンガーの『抽象と感情移入』ですよ。ヨーロッパではヒューマニズムの伝統があって、そこから逃れられない。だからフランスなんかでは、抽象芸術といってもあくまで実験であり、思索であり、ある枠のなかでしかできない。オランダやドイツなどでは、その枠がすこし大きくなり、社会的実践にまで拡大する。でもヨーロッパの抽象主義はあくまで実験だったから意味があった。しかし本当の抽象とは、東方的なものです。東欧、さらにはビザンチン、そして完全なる抽象はイスラム、オリエント、です。だからモダンというのは、出会いなのです。ヒューマン/幾何学、という絶対に折り合えないものの出会い。ジャポニスムだって、奥行きのヨーロッパと、平面の日本、という両立絶対不可能なものの出会いなのですよ。もちろん表面的な模倣だとか、なんとかもどき、なんとかのふりはできます。でも絶対両立不可能なものの出会いという状況そのものが、モダンなんだなあ。

するとロートレアモンなんか典型的にそうですね。あたりまえだけど。

あたりまえだけど、そうですね。

それと同じように東大寺南大門?

そう。日本、大陸、近代合理主義っていうあり得ない異種交配が、観念のなかで、核融合的にスパークしたのですよ。

でもザハとか、イスラムのバックグランドから建築家がでてきますよね。

文明のコントロールされた衝突。遠くからは演出されるようにみえる。ぼくたちは観客でしかないから。

大人の見方ですねえ。

いやいや。

(3)建築のセクト化について

葛藤こそがモダンだということで、モダンが一枚岩でないほうが、いろいろストーリーを書くことができて、面白そうですね。それこそが偉大。でもそうすると、偉大が生まれるのは、ヨーロッパや日本などいわゆる先進国より、それ以外の国ですかね。通俗的合理主義は、偉大さをなくして、平板なアナクロニックな巨大建築を生んでいきますからね。

そうですね。未発見の20世紀なんてあるそうですから。ぼくはよく知りませんけど。かなりの偉大建築が残っているそうですよ。著名写真家やジャーナリストの指摘によれば。

それは楽しみですね。

でもそれを考えると長谷川さんの『神殿と獄舎』なんか、けっこう偉大ではないですか。20世紀においては。

いかがなもんでしょうね。神殿も獄舎も、犠牲の燈で照らせば、偉大でありえます。しかしあれって、明治と大正に言い換えてしまうと、国策と庶民の話になっちゃって、TとWの違いにしかならいのではないの?そうならないようにしていただきたい。

そうならないようにいたしましょう。

でもグローバリズムのほんとうに怖いことは、これまでにような「外圧」にならないのではないか、ということですね。外圧というのは、内部の構図をいっかい壊して初期化することにたいへん大きな意義があったんですよね。でも昨今のグローバル化は、ぼくもまだ理論化していませんが、むしろセクト化を推進してしまうようなヴェクトルがあるとしたら?

なら怖いですね。

怖いですね。

(注)でそのあとは、AはB大とC大の代理戦争として成立しているとか、D大は純血とそうでないので2大セクトがあるとか、EさんをFさんはすごく意識しているとか、GはHを大嫌いらしいとか、おじさんふたりは酔っぱらい話しを延々つづけました。でも、ちゃんとお会計を済ませておひらきにしました。ということで今回の報告は終わり。

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