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2008.07.10

サン=シモンについて

サン=シモン(Saint-Simon, 1760-1825)という、産業社会の論理を先駆的に打ち立てた思想家については、その重要性にもかかわらず、あまりわかりやすい形では紹介されていないようだ。専門家は若干の考察を残している。しかし、素人にとってもっとわかりやすいようには書かれていない。

ニュートンの万有引力、地動説、コペルニクス的革命、産業化が社会の進歩とする思想、産業家が実権を握る社会を構想した点、生産者を重用視したこと、など「産業社会」構想の先駆者であった。資本主義などというものは産業主義の一形態にすぎないし、ポスト産業社会が云々されたときも、やはりこの思想家に立ち戻るべきという主張があった。

彼の影響は、実証主義のオーギュスト・コント、鉄道施設に貢献したプロスペール・アンファンタン、サン=シモンを空想的社会主義と揶揄しつつ唯物論などは導入したマルクス、19世紀のなんにんかの銀行家など、ひろく及んだ。とくにエリート養成機関であったエコール・ポリテクニークで学んだ人びとへの影響は大きかった。

フランス革命時、教会財産を転売して巨額の富を築いた。その資金により、1798年、エコール・ポリテクニクの正面にアパルトマンを借りて、サロンのようなものを開催して、教授たちから学識を吸収した。

鹿島茂『絶景、パリ万国博覧会』(河出書房、1992)によると、ガスパール・モンジュもよく招待された。ちなみにモンジュは画法幾何学の教授であり、建築教授デュランへの影響も大きかった人物である。だから建築の起源は原始的な小屋であるなどという形而上学を否定して、経済性を重視したデュランの理論には、サン=シモンの影響があるかもしれない。

サン=シモンの思想的影響を受けた人びとが、国土を開発し、鉄道を施設し、近代的な銀行を創設したというふうに説明してもらえると、ぼくのような素人にはわかりやすい。

最近注目を浴びているのが、ピエール・ミュソ(Pierre Musso, 1950-)による再評価である。ミュソは、サン=シモンは「ネットワークの哲学者」であると指摘し、テレコミュニカシオン(日本流にいうとメディア)と、サン=シモンのネットワーク理論について博士論文を書いた。この「ネットワーク」は、交通、運輸、通信、経済、社会学、などを包含する一般理論である。

ミュソにとって、サン=シモンがネットワーク哲学の始祖である。人と人の関係は、ネットワークである。統一理論を指向したサン=シモンは、血管組織、神経組織によって身体が成り立っていることを比喩にしたという。

ネットワークとはインターネットのこと、などというのは浅い理解であって、船舶、通信、鉄道、交易により19世紀にはより緊密な世界ネットワークができあがっていたのであって、インターネットはそれを前提にして電脳化したものである。だからネットワークの本質は、個別技術の専門家はむしろ論じる資格はなく、哲学者がそうすべきというのがミュソの主張らしい。

では18世紀までの建築観と、19世紀以降の建築観はどこがちがうか。

これもサン=シモン的枠組み、つまり人類の思想は神学、形而上学、実証主義という3段階を経過するという枠組みをそのまま使うと、とりあえず簡便に描ける。つまり、まず古代の神殿や中世の大聖堂にみられるのは神学的な建築観の時代であった。ルネサンスから18世紀までの建築理論は、建築の比例論や起源論に代表されるように、形而上学的であった。

それにたいして19世紀と20世紀は実証主義が支配的である。つまり、世界のいろいろな様式は、その地域の建材、気候、などから唯物論的に決まるが、また同時に交易、民族移動、支配権拡大、支配/被支配関係、などのネットワークのうえで展開してゆくものと見なされる。

日本人にとって既知である伊東忠太の世界建築図式は、まさに実証主義的であり、ネットワーク的であることがわかる。もっとも今日ではキーワードは、権力、帝国ではなくむしろ資本なのであろうが。

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