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2008.07.19

妖精プロジェクト(一週間をふりかえって)

妖精プロジェクトの一週間。学生たちが妖精であるように、ぼくには思えた。はじまりもなく、おわりもなく。どこからきて、どこにゆくのかもわからない。浮遊しどこにも着地しない、言葉と図像。肯定も批判性もなく・・・・

しかし現在の建築雑誌をにぎわしている作品もまた、高度に方法論的であり自覚的であるとはいえ、妖精プロジェクトの印象を与える。ベテラン教員も、若い学生も、そのうち骨太建築の時代がやってくるのでは、といっていたのが印象に残っている。

14日(月)は建築学会支部。某コンペの審査員の仕事をした。まだ結果報告のまえだから、具体的なことはなにもいえない。しかしこの学生コンペは、卒計日本一などにくらべて、レベルがひくかった。

対象を時間的、数値的に把握し、空間とモノで操作してゆくという、介入の基本がどうもできていなくて、イメージにとどまっている案が多かった。イメージといっても、具体的なデータが未確定なので、輪郭は曖昧といった概説的表現としてのイメージ、ですらない。どうも学生がイメージというとき、それは個人的な心象風景のようなものである。あるいは内面表出のようなものに近い。

国語教育批判のエッセイを読んだことがある。日本の国語教育では、思ったこと、心に浮かんだことを自由に書きなさい、という白樺派的な方法が主流である。しかし小学生や中学生というまだ内面ができていない人間に、自由にものを考え、それを文章にするなどということは苦痛を強いるだけである。・・・という批判である。むしろ目の前にあるもの、出来事を、第三者がわかるように客観的に書くという訓練が大切だ、という。まず取材、ルポルタージュができるかどうか。言語は道具なのだ。

建築も、社会的命題が与えられていないとき、個人的な内面表出となる傾向がある。なにしろコンペのテーマは「記憶の容器」であった。なるほど。これでは客観的データなど与えられない。内面と向かい合え、という指令である。巧妙な学生なら、定性的な指令を定量的なものに変換するのであろうが、たしかに難しい課題である。

外部の世界を、人口いくら、予算いくら、空間ストックはこれこれ、人びとはこんな感じ、と具体的に把握して、操作してゆくのが具体的な「介入」。しかし思ったことを自由に、という形式で、内面にぼんやり浮かんだものを描いて、それを外の世界に投影してゆくのが「妖精」。といった対比になろうか。

提案されたプロジェクトは、いわゆる「イメージ」であるものが多かった。なもんで、ぼくはそれらを「妖精プロジェクト」と呼んだ。これはほかの審査員にもけっこううけた。学生たちは妖精である。どこからともなくあらわれ、おとぎ話をささやいて、そしてどこへともなく去っていゆく。

16日(水)と17日(木)はH大学で、大学院集中講義。2日間で6コマを教える。

パリの都市史を、プロジェクトの連鎖として説明するものである。16世紀以降は、近代的なプロジェクトの概念で把握できる、住宅地開発、橋梁建設、モニュメント構築、広場整備などがわかっている。それを開発主体は、王か、市か、民間か、などと区別しながら、論じてゆく。すると現代のプロジェクト理解とさほどかわらないスタンスで、数世紀前のものに接することができる。

大先輩であるS教授と食事どきなどに雑談を重ねる。フリードリヒのロマン派絵画、シンケルのランドスケープ建築、表現主義の建築表現についてのぼくの理解について、賛成していただく。さらに近代の空間システム、衰退史観などについても貴重な示唆をいただく。・・・などという話しを肴に、西条の銘酒をいただく。それは翌日の西条酒造地区見学の予行なのであったのだが。

二日目の夕方は造り酒屋地区、古墳、国分寺など車で案内していただき、新幹線の駅まで送っていただいた。感謝感激。

S先生と同じ苦労を共有しているような気分になる。地方大学ではなかなか建築史の教育・研究が自律しにくい。設計と一体化しないと難しい。教師としては意匠を教えつつ、意匠は歴史的なものだ、的な観点からしだいに歴史に導いていこうとする。逆に言えば、歴史なしでは意匠など理解できるものではない。意匠は、すぐれて歴史的産物なのだから。歴史をふまえずに設計や意匠を語ると、妖精的なものとなるであろう。

18日(金)は自分の大学で、設計演習の講評。

この日までに古典派の景観とロマン派の景観の違い、網野善彦の海からの日本史概念、平戸ツァー、アースワーク、世界の港湾、臨海都市のスライドショーなど、仕込みはしっかりしていたつもり。

しかし小規模とはいえ、ひとつの都市を理解するのは時間がかかる。さらに社会情勢の理解はまだ切迫さがない。人口減少、税収減少、産業構造の変化といった材料を、プロジェクトに反映する手続きにはリアリティがまったくない。

学生の発表は、こうしたリアリティのない「妖精」的な、心情告白のようなものが多かった。リタイアした老人が漁業をやるとか、である。そのリアリティのなさに、5人の教員のうち、常時だれかがキレていたようであった。

しかし操作概念が構築できそうな筋のいいものも少なくはなかった。ただ、しっかりした核をつかんでいるのに、コンセプト紹介で失敗して、最初は評価されないものもいくつかあった。もったいない。全体的には、まだまだ未成熟で、コンセプト構築以前的なものが多かったが、まだ3年生であり、鍛えれば良くなるであろうと希望をぼくはもっている。

コンセプトとはどんなレベルのものか?ぼくは総評でジョン・ケージの《4分33秒》について語る。非常勤講師M先生の課題「不在のプロジェクト」の1回答例としてである。ホールで、聴衆を前に、ピアノの前にすわった4分33秒。無演奏も演奏のうちという、ゼロ記号の演奏。それによって音となはにか、音楽とはなにか、演奏とはなにかをあらためて問い直す批評性そのもののような演奏。それが歯が抜けてゆくような町並みの、そこに介入するプロジェクトにとってなんらかのヒントになるはずである。

さらに9年前、M先生たちとパリでワークショップをしたとき、T先生の「無為の空間」という課題にたいして、それはジョン・ケージの《4分33秒》のようなものか、と発言した学生がいたことを思い出す。さすがであった。彼はそのとき4年生であったはずで、ぼくたちの学生とそうは違わない。ぼくたちの学生もそのように成熟してほしい。

意匠を、理論的に理解するだけではない。それはむしろアナロジーにより理解される。「不在」と聞いたときに、ジョン・ケージ、空集合、ゼロ記号、ポール・オースター・・・いろいろなものを連想する、その厚みが意味なのだ。そういう意味で、建築だけにとどまるのではなく、領域横断的に脳を活性化させ、そのまえにいろんなものを蓄積し、いざというときに独自に編集して脳をスパークさせなければならない。無為とはジョン・ケージだ、などというように。正しいかどうかは別として。

来年も平戸プロジェクトだが、もっと体系的にスタディさせなければならない。

最終〆切は8月11日である。きっと格段にレベルは向上しているであろう。

終了後は教員懇親会。東京D大のM先生。大分の建築家S先生。マキイのオードブルを、エビス、ボルドー、メドックでいただく。美味。午後のうっぷんをはらすかのような本音トークは、いつものようにおもしろい。ほんとうは講評後トークが目的で、設計演習を担当しているようなものだが。

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