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2008.06.29

青木淳は「デタッチメント」世代に属するのであろう

1956年~1965年生まれの人びとは「デタッチメント」の世代に属するらしい。

この概念も村上春樹が震源地らしいが、ほんのちょっとだけ広がっているようだ。すこし上の世代が学生運動やら反体制運動に「コミットメント」しすぎたので、それへの嫌悪感から、あるいは違和感から、無関係、無関心を装う世代となった、という解説である。あまりいい意味ではない。

まあそのとおりであろう。

出張ついでに竹橋で『建築がうまれるとき ペーター・メルクリと青木淳』展をみて、この話しを思い出した。そしていい意味でのデタッチメントがありうるとも思った。

M邸のスタディ模型がたくさん展示されていた。それは日常の設計である。設計活動が日常的になされれている、という意味ではない。日常そのものを構築するための設計である。

その「日常」は、こんなにもパラメーターが多い。プランニングの常套、外部、中庭、窓からの見え方、さまざまな現象、・・・。それらのどれかに注目するだけで、その序列をすこし変えてみるだけで、ヴォリュームはおおきく変化する。

住宅の設計でさえ、こんなにも複雑なのだ、ということではない。ぼくにはむしろそれが「日常」へのオマージュになっていることの、偶然だか僥倖だかに、感動する。ぼくたちの毎日は、まったく同じのようでいて、それぞれの一日はかけがえのない、ユニークな、交換不可能な一日であってもいい。他者からみれば同じことの繰り返しのようでいて、結構、毎日なにかにチャレンジしているのだ。そんなことを、設計をとおして再現しているのだとしたら?

ぼくと青木さんはそんなに深いつきあいはない。でもぼくからするとちょっとした恩義もある。大学院時代、デュランの『エコール・ポリテクニーク建築課程』のコピーを貸してもらったからだ。ぼくはそのおかげで修士論文の一章がかけた(ありがとうございました)。

このデュランは、均等グリッドという同じ構文のうえで、語彙が無限に変わってゆくことで、さまざまな建築が生み出されて行くシステムを考えた。無限産出の書である。そこには究極の目的はない。ある解答が隠されていて、それを発見するという手続きがのこされているのではない。19世紀の建築は、無限のバリエーションであった。グリッド上に、さまざまな案をつぎつぎと展開してゆく。バリュの建築もそうであった。「折衷」というとその一貫性のなさが非難される。しかしそれは能産性への賛歌でもあった。

ぼくは模型よりもスライドに感激した。隣家、隣地はまったく変化しない。M邸だけはどんどん姿を変え、無限のバリエーションを示してゆく。それらの異体は、それぞれが環境との関係を結びつつ、機能も満たしつつ、あとからあとから、前例にとってかわってゆく。

そのスライドをみながら、これはグリッド上でさまざまに変身してゆくデュランの建築なんだと思った。基底としてのグリッド、現象としての建築。それは概念のレイヤーでもある。

同時に表層でさまざまに変化してゆく建築、これはひとつの「無関心」である、とも思った。基礎のない建築が建たないように、状況にまったく関係のない建築などない。しかし周囲がまったく同じなのに、どんどん変化できるこの個体は、周辺にたいして無関心、無関係を装うのであり、それは「デタッチメント」を実践しているのである。

ぼくの記憶では、学生時代の青木さんは生意気という噂があった。でも論争を仕掛けて、相手をたたきつぶすような、そんなタイプのものではなかった。超越的なものであった。ぼくはもう結論を出してしまったので、あなたと論争してももう意味はありません、論争しません、といった態度がときどきそう見えるということであった。それは諦めをもった達観ではなく、金持ち喧嘩せず的なものであった。貴族的ともいえよう。

もうひとつ思い出話があって、10年ほど前、野心あふれる若手建築家が「青木淳にはコンセプトなどないですよ」と話すので、ついぼくも血圧があがって、挑発してしまった。そのおかげでその若手建築家と彼を擁護する出版社からオヤジ狩りのような扱いをうけてしまった。(今日、メディアはセクトであり権力装置である)。

ぼくはいまでも、青木淳はコンセプトに満ちていると思う。しかし、おそらく、彼はそれを他者と共有したくないのだ。いや積極的に拒否しているというより、共有という発想がそもそもないのであろう。そして当然のごとく、自分の心中だけでコンセプトを構築してゆく。

彼の「デタッチメント」的メンタリティは、あったとしても建築以前的であり、世代的なものであり、建築の本質に反映しなければならない理由はない。しかしよく符合しているものもある。

《遊水館》には、プールの上を通過する廊下がある。廊下の床に穿たれた穴からスイマーが見える。しかしそれは見えても触れないという、接触不可能性の意識をむしろ強化させる類のものである。それは歩行者とスイマーの「デタッチメント」を強調しているのではないか。接近し、視覚的につながれているからこそ、露呈する関係のなさである。

《青森美術館》の、大地とホワイトキューブは、黒と白は、無関係の関係として処理され、そういうものとして意味をもっているのではないか。これは「デタッチメント」の建築として、形容されてもいいのではないか。「関係のつけかた」が、建築へのアプローチにも、建築そのものにもあらわれている、と解釈すべきなのであろうか。

もちろん、デタッチメントとはいえ最終的には無関係という関係なのだが、上の世代のキーワードであるコミットメントとは対極的である。

青木さんは思想家ではなくむしろ小説家のような建築家なのであろう。小説家は、自分の物語の上位にあってそれを支配しているような理論を構築しない。また自分の作品を事後的に解説するようなことは(あまり)しない。もちろん「動線体」「原っぱ」などの理論的考察は、アプリオリな理論構築である。そんなこともやろうと思えばできるであろう。でもそれは彼の本質ではないようにも思える。ディテールをなるだけ排除しないで、骨太の物語を書いてゆく小説家のような建築家がいたっていい。

世代論でいうと1956年生まれとしては、彼のほかに妹島和世さんがいる。ついでにいうとぼくも同年生まれなのがちょっと嬉しい。しかしぼくは不器用に理論的であるにすぎない。彼らのように理論を越えて生産的でありたいとも夢見る。

1956年生まれが学生時代をすごした1970年代(とくに後半)は束の間の、幸福な鎖国時代であった。凪の時期であった。政治と革命の時代はおわっていた。しかし外圧とグローバル化はまだであった。そこで都市文化が成熟しはじめる。いっぽうで高度経済成長はオイルショックで打撃をうけ、就職浪人まで出したが、今日のような閉塞感はなかった。

この年代の者にとって、指針となるのは目標、夢、理想ではない。これらは社会や他者とのコミットメントが前提である。目標は、社会的目標なのである。夢も理想も、まわりからインプットされるものだ。しかしデタッチメント世代にとってはむしろ「没頭」である。妹島さんがプラトニズムだとは思わない。しかし彼女の没頭は徹底している。青木さんはしっかり没頭しているが、ときどきナンチャッテをする余裕がある。薬でもなく、新宗教でもなく、VRでもない。すごく安全で、健康優良児のようにも思える。しいていえば建築教である。「没頭」のなかに安らぎをえるようなものであろう。ぼくは建築教の世代ではないか、と思う。

1970年代末にいわれた「建築の自律」という理念の影響はさほどないと思える。それは同じ背景から生じたことなる現象であろう。「自律」も「デタッチメント」も。

建築に没頭しながら、思想は思想で勉強しながら、両者を連動させないという不思議なメンタリティ。若手から「コンセプトがない」と見えてしまうのも世代的事情があったのであろうか。しかしそこには、そこにこそ、たいへんな逆説がある。そう、逆説的に、建築をただちには思想の表れとしない青木さんこそ、建築を「考えること」と、建築を「つくること」を一体化させているのである。すくなくとも結果的に。

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コメント

同世代としていつも楽しみに土居さんのブログを読ませていただいております。
学園紛争直後の世代を『シラケ世代』と言われていましたが、それを村上春樹は『デタッチメント世代』という言葉に置き換えたのでしょうか?
それだったら、1955年(昭和30年)生れの私も入れてほしいものです。
その空気の中で純粋に建築デザインを志す者は少数派でしたが、磯崎、篠原、白井の建築を知るようになってから、私は熱き『建築教』の信者になって行ったように思います。
日本を代表する建築史学者として期待しています。頑張ってください。

投稿: ユーイチ | 2008.06.29 20:59

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