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2008.05.04

TEAM 10展

パリはシャイオ宮にある「建築・遺産都市」ではTEAM X展が開かれている。5月11日までなので、とても行けません。WEBで案内などを眺める。

周知のことですが、CIAMは近代建築運動を国際的なものに広げましたが、いきすぎた機能主義が批判されました。なのでその1956年の10回大会で、若手建築家たちが、謀反をおこした。人間的価値、コミュニティなどすこし伝統的価値をふたたびとりあげましたが、都市の多層性、インフラ、モビリティ、フレキシブルな構造、「都市建築」の概念など、今日にも有効な発想がこのときに出ました。

おおきくは日本のメタボリズムもこの枠組みであることがわかります。

バケマ、ヴァン・アイク、キャンデリス、ウッズ、スミッソン、といったそうそうたる顔ぶれ。ぼくたちには現代史であるが、若い学生にはすでに歴史的研究の対象である。

展覧会の企画から、ヨーロッパの建築勢力地図がすこしわかります。

当然、NAI(オランダ建築協会)での展覧会が出発点。2005年、ロッテルダム。それからパリのポンピドゥ・センターに巡回し、ここのコレクションも追加展示された。NAI、デルフト工科大学、IFA(フランス建築協会)、ル・コルビュジエ財団、ストックホルム建築博物館、ヴェネツィア大学・・・からの資料も集められた。

主催は、建築・遺産都市、IFA、NAI、協賛がデルフト工科大学建築学部、ポンピドゥ・センター。ようするにアーカイブ連合といったところでしょうか。

シャイオとボブールとは、内容的にかなりかぶっている。どう棲み分けするのかよくしりませんが、関係は悪くないようです。

・・・でよくよく考えてみる。「運動」でくくれるのは、やはりヨーロッパ。アメリカはどうかというと、「運動」ではないでしょう。やはりビジネスが基本にあるような気がします。キュレーションもありますが。日本はどうかというと、「運動」も少しはありました。でも「政策」がいちばん根底にありますね。日本近代において「主義」などというものを考えるむなしさがここにあります。

ヨーロッパを考える場合、市など自治体の行政のなかに専門家としての建築家のポストがずっと確保されていたという歴史的事実がもっと強調されるべきです。これが日本とヨーロッパの違いです。日本の自治体にとって、建築家はときにはアウトソーシングの受け皿、ときには図面作成の業者にすぎません。

日本の場合、やはり「建築家」という職能は国家が近代化のために導入した政策的なもので、じつはまだまだなじんでいないのかもしれない。だから日本人の建築家がこれだけ外国で活躍し、評価されているのに、国内ではどうも違うのは、こうした歴史的経緯が反映していると考えられます。前途にいろいろ仕事は多いようです。

ヨーロッパの場合、建築家の自発的な運動が、建築家コミュニティを媒介として、行政の内部に伝わるパイプがある(だからといってすぐ伝わるわけではないが)、そんな社会構造があります。これがヨーロッパが歴史的に構築してきた、専門性を尊重したうえでの、民主主義的なシステムです。これは考えてもみれば、同職組合が都市を成立させた、その構図が薄まりながらも生きている、そんな感じさえ、します。建築家というイマジナリな同職組合といえます。

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