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2008.05.15

『パラレル・ニッポン展』がパリで開催されている

ぼくも関わった『パラレル・ニッポン展』がパリの日本文化会館で開催されている。6月21日まで。入場料3ユーロは、まあこんなものか。

これは1996年から2006年までの日本の現代建築から約100作品を選び構成したもの。日本建築学会とジャパン・ファンデーションが主催である。

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ル・モンド紙ウェブ版でそれについての記事があった。Les aléas de l'architecture japonaise だが、2週間たつと定期購読者だけしか読めなくなってしまう。2008年5月14日17時15分(現地)アップの記事である。

いろいろ厳しいことが書いてあった。以下は抄訳。

すでに歴史的となったせんだいメディアテークからはじまり、プラダにような海外建築家の日本における作品、日本人建築家の海外における作品、など日本という輪郭が崩れている。

作品の選定については多様性があるが、最悪の作品までセレクトしている。

総論と組み立ては、この10年間をいくつかの「サイクル」概念で分析軸をたててゆくものであった。生活(生命)のサイクルはよく描けているが(注:この項はぼくが書いたので、ありがとうございました、というところだろうか)、文化と住居のサイクルはそれほどでもなく、都市のサイクルの記述はよくない、という評価。伝記的レトリックはお勧めできない、云々。

「仮説」つまりバブル経済の崩壊と阪神大震災が転機になり、新しい世代の登場をもたらしたということについては(注:「仮説」という書き方が信用していないという意思表示なのだが)、本質的な要因を無視しているという指摘。記事(無署名)が指摘する本質的要因とは、建築における日本派の優秀性、西洋化した他の国よりも専門家が多くて活発で彼らが職能団体に助けをもとめたがる、という点。

分析はパネル展示と矛盾している。建築も都市ももっと長い時間のスパンに属しているのでだが、それと無関係なものになっている。安藤忠雄、谷口吉生、槇文彦は「当初の静けさ」を保ち続けているではないか(なにが変わったというのか)?ヴェネツィア・ビエンナーレでひょうきんさを展開した藤森照信は位置づけられていないではないか?

・・・とほとんど酷評なので、反省、というか自戒してみよう。

批判の核心はまず、企画が内向きではないかということである。これは日本社会の特質のようなことである。つまり最近10年間の100作品というような大きな枠が最初に設定されている。するとそのなかでバランスを考えはじめる。ぼくも気の弱さが出て、あのゼネコンははずせないな、あの建築家は拾わなきゃ、などである。これはわかっていてもとまらない。やはり企画者に呼ばれて仕事をさせていただいているという意識があるからだ。自戒を込めて。

さらにル・モンド紙の評者のような、対話者を、企画の段階で想定できない。なるだけ企画しながら、内なる対話をして問答想定などするのだが、世界が相手だと、自分の経験も限られている。これを見たら、韓国人は、中国人は、アメリカ人は、フランス人はどう思うのだろうと、考えてはみるのだが、考えられないよねえとため息がでるだけである。これまた自戒を込めて。

しかし相手をおもんばかるのが国際性というものではない。一貫した自己主張があるかどうか、がもっと大切だ。そういう意味では、日本はどちらかというと、状況や潮目を読んだり待ったりするほうである。それが理解されようとおもうと不利であろう。

この記事でわかったのは、彼らが期待するのは、10年間の紹介であるとともに、そこを踏み台にして100年、200年という展開を見たい、あるいはそもそも日本建築とはなにか、というようなことなのだ。だからそこに業界内的なうじうじした話しをもちこんでも通じないのだ。建築の永遠性を信じる人びとと、いまここの状況がいちばん気になる人びととの相違でもあろう。

しかし日本建築界はこれから、ぼくが「モダニズム建築」問題と呼ぶものに象徴的に示されるように、普遍化をめざすどころか、ますますセクト化するだろうね。セクト化するのは本人たちの自由だが、その限界はあくまで内向きだってことで、外国にむけての対話ができるようには、ならないだろう。

こうしたことは建築史家はしっかり処理しなければならない。しかし歴史家は歴史家で、近代が嫌いな人、西洋建築そのものが嫌いな人もふくめて建築史家だから、まとまらないというか、すでに限界までセクト化している。まあどの国も似たようなものかもしれないが、あまりに極端で歴史すら書けなくなってしまっている、というのが日本の現状です。

やはり建築史家がだらしないのはたしかで、建築史家として猛反省。

企画した委員会のメンバーとしては、こうした反応をちゃんとストックしてフィードバックできるようにすべきでしょうね。そのための情報収集、アーカイブ化、が望まれる。遠く離れたぼくがどこまでフォローできるかわからない。しかし、こうして、みずから痛みをともなう記事にするのはせめてもの将来貢献だと思います。

まあ10年後はすこしよくなっているかもしれません。・・・食事が遅くなってしまいましたね。でも大切なことだから。

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