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2008.05.04

「モダニズム建築」の問題についての続き

数日前の投稿の続きです。モダン/モダニズムという分裂、この日本固有の概念枠組みの問題はなんとかしたほうがいいと思います。そこで気になってModern Architectureの意味で「近代建築」によりウィキペディア検索してみました。これもまたあきらかに専門家の記述と思われます。そのまま引用してみます。

「近代建築(きんだいけんちく)

1.近代の時期に建てられた建築物を指す一般的なことば。

2.日本建築史の用語として、西洋の建築様式や技術を用いた幕末期以降の日本の建築物で、とくに洋風の意匠を取り入れたものを指す。

3.世界的に建築史の用語として、近代建築運動の理念に基づいて建てられた建築物を指す(Modern Architecture)。正確には上記1や2との混同を避けるために「近代主義建築」と呼ぶのが正しい(モダニズム建築参照)。第二次世界大戦後のものは「現代建築」と呼ぶことが多い。

例えば赤レンガの東京駅は、2の意味では近代建築になるが、3の意味では近代建築とはみなされない。」

仰天するのは最後のくだりで、まさに、東京駅は近代建築であり、近代建築ではない、と書ききっています。ここまでくると、個人ではなく、学界が組織的に責任を感じるべき問題です。

つまり「近代建築」は言葉としてとても曖昧だ!と堂々と説教する。この自信はいったいどこからくるのでしょう。まずいかな、なんて思わない。さらには「近代主義建築」といった表現が正しい、などという「正統性」の根拠はどこにあるのでしょうか。そもそも世界の常識ではないことが前提なのですから。

問題提起すればキリがありません。

たとえば洋風の建築でさえ、はっきり近代化、西洋化を目指したものであり、「近代」になるのだという「主義」がはっきりあらわれているでありませんか。だからこでは「近代建築」であってもいいけど「近代主義建築」といえる。

1,2,3の意味の混合を避けるとある。しかしそこでは区別しなければいけない理由、を述べるべきです。近代建築とはそもそも多くの矛盾する建築を含んだ広い概念であり、そのなかから排除されるためには、よっぽどの理由が必要です。

「3」の説明にいたっては仰天の極みで、近代運動の理念に基づいているから「近代建築」というカテゴリーから排除されねばならない、とある。これっていったいなに?

世界遺産になるであろうル・コルビュジエのサヴォワ邸は、日本人にとっては近代主義建築で、日本人以外にとっては近代建築だ、ということになって、ぼくは目眩がします。

ちなみに1977年版『建築大辞典』(彰国社)では「近代建築」項のみです。そのなかで1920年代前後の近代運動にもとづくものは「国際建築」とも呼べる、と書かれているだけです。ですから1970年代に、幕末、明治、大正のころの建築の研究や文化財化が進んだので、そこに「近代建築」のラベルが貼られてしまった。そののち昭和の戦前や戦後の建築も歴史的研究の対象になったり、DOCOMOMOの活動対象になったりしました。しかしそこで「近代建築」を延長するのではなく、先学に敬意をはらって?、別の言葉が探された、ということです。

これは重大な問題で、背景でさえ、いくつかあります。ぼくは専門家ですからよく知っています。

(1)そもそも「近代」概念が曖昧。歴史概念としての「近代」がはっきりしていない。これは建築史家の責任。(ぼくがごめんなさいするのは、自信過剰ですかね)。

(2)この「近代建築」という言葉によって現象を記述できない、言葉が成り立っていない、ということが、問題であるという認識さえない。おそらく専門家は、このダブルミーニングが理解できない素人をみて、見下すのであろう。しかしそれは専門家の自殺行為だと思う。

(3)いわゆる「近代建築」専門家と、いわゆる「近代主義建築」専門家が、セクト化してしまった。おたがいに哲学が違いすぎてしまった。セクト問題、世代問題かもしれません。じつはこの問題がいちばん深刻です。だから学会ではかえって議論できないのではないか。

くりかえし言いますが、日本独自の和製英語というものも、たしかにあります。たとえばドタキャンだとか。野球のトンネルだとか。しかしよくもわるくも西洋の強い影響下にあった19世紀・20世紀の日本建築(ここでも「日本建築」は、近代化以前だろうが、という反論はあります)が、それを論じるためにはこうした鎖国的状況しかないのも困ったことです。

さて最悪の近未来シナリオも書いてみましょうか。

(1)グローバルな枠組みとシンクロした日本建築の歩みが書けなくなる。日本は永遠の鎖国である。

(2)日本国内の学界的セクト化がどんどん進む。共通の「建築」という文化的基盤すらなくなってゆく。日本は永遠の幕藩体制である(それがいいという議論もあるが)。

(3)その結果、世界で活躍する日本人建築家のバックアップができなくなる。あるいはそれに便乗してビジネス拡大ができなくなる。グローバル化した建築家にとって、建築史家はますます有益な存在でなくなる。

(4)想定される時代区分。幕末~第二次世界大戦=近代。戦後=現代。そして近代/現代の連続性を再発見、再々発見するなんて企画が数十年後になされるのだろうか?

ぼくなりにモダン/モダニズムを整理します。

「モダン」を歴史概念として使うときは、「時代区分」にしかなりません。ですから世紀、年代、事件~事件、というように機械的に決めるしかない。そのなかに支配的な傾向と、マイナーな傾向にわかれます。それはいたしかたない。時代区分とは乱暴なものであり、さまざまなフォローと一体となって提供されます。

「モダニズム」は、「モダン」という時代をつくった主要な考え方、システムのひとつです。ですからときには「モダン」を越えて発生することもあるし、「モダン」すべてを支配しているわけではない。

日本の近代建築/近代主義建築の理論的な誤りはじつに明快です。「モダン」と「モダニズム」は、当たり前すぎることに、そうとう重なります。しかし「近代建築/近代主義建築」という理解では「モダン」と「モダニズム」は、それぞれ違う時期を示しており、排他的です。こんなことがおこる日本はどうなっているのでしょうか。

引用した定義では、時代既定なのか、派(スクール)定義なのか、スタイル定義なのか、それを分けていないのが混乱の原因でしょうね。いろんな概念があるばあいは、階層化とか、クロス定義できるシステムとか、いろいろ手はあると思いますが。

・・・もっとも、ぼくはそれほど心配してませんけどね。建築史の人びとはほんとうに優秀ですから。そのうち志の高い若手研究者が日本にもっと普遍的な建築概念、歴史概念をもたらすべく、活動をはじめるだろうと期待しています。でなければ、このブログもまったく問題にされず、世の中は平和のまま、それはそれでいい、と。

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コメント

ご無沙汰しています。ずいぶん前ですが大阪でレクチャーをお願いしたものです。
非常に重要な話だと思います。近代化≒西欧化≒国民国家化に伴う建築と、国際的な近代建築の影響下にある建築が見かけ上接ぎ木されている現状が明確に分節されねばならないのでしょう。でもこの問題をそうした形で解決していくことは単にそれだけの問題に終わらず、より大きな充填されるべき穴(荒っぽく言うならばそもそも建築ってなに?というような)を招き寄せるような気もします。もちろんそれは取り組まれるべき問題ではありますが、どれぐらいそれがこの状況に置いて大変なことかと思うと気が遠くなりそうです。

投稿: 日埜直彦 | 2008.05.05 20:36

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