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2008.05.29

ル・コルビュジエのロンシャン教会近くにピアノが建設することになって紛糾しているらしい・・・

・・・で仕事も一段落で、ちょっと休憩。ルモンドなんかパラパラ、というかカチカチとクリックする。なんか騒動である。(WEB Le Monde 2008年5月28日17時28分

ブザンソンのクララ女子修道会レンゾ・ピアノに、建物を建てるよう、依頼した。敷地はロンシャンの丘の上、ル・コルビュジエのノートル=ダム=デュ=オ教会がすぐ近く。有名な礼拝堂。年間10万人の来訪者、過半数は外国からの建築巡礼者、しかし9月8日は聖母マリアの生誕祭・・・。

歴史的建造物委員会は2007年6月28日に合意を表明し、2008年3月13日に建設許可を出した。しかしフランスは「ル・コルビュジエの建築・都市作品」を2009年にユネスコ世界遺産に登録する手続きをしている最中であり、それとの関連で、論争がおこった。近隣環境を損ねるとして、反対の声があがっている。

建物はとても小さく、軽やかなもの。礼拝堂からは見えないが、それでも告発されたのでレンゾ・ピアノは当惑している。ちょうどポンピドゥ・センターのときのように。

ノートル=ダム=デュ=オ慈善協会は、新築推進派である。この協会が敷地を保有し、また教会堂の芸術的な施策を決めている。ジャン=フランソワ・マテは「この遺産も陳腐化した。人びとは近代建築に慣れているし、新しいものを望んでいる」。彼の父親は、ル・コルビュジエに礼拝堂を発注し、ポンピドウ・センター建設にも関わった人物である。

修道会はブザンソンにあった土地を売却し、その資金で、ロンシャンちかくに自分たちの施設を建設する。丘に彼女たちが常駐することで、環境をメンテできるし、逆に礼拝堂が私物化されることもない。

プロジェクトは、12人の修道女を収容し、食堂、集会室、祈祷室などがそなわったもの。さらに旅行案内施設の建て替え。1500㎡だから、ちいさくはないが。でもピアノは、景観を損なわないよう、半分地下に建物を埋めるなど、最大限の配慮をした。

賛成派。ル・コルビュジエに仕事を与えた復興大臣の息子Dominique Claudius-Petit。地元市長のジャン=クロード・ミルはやや好意的。地元は元気がないから、有名建築家物件が増えれば、まちおこしに有効だと考えているようだ。

反対派。建築家ミシェル・カガンは、修道会というあまりに宗教的なものが近くにくることに反対。建築史家ジャン=ルイ・コーエンは、宗教政策の背後にあるのは、たんなる不動産取引、宿舎は将来ホテルになってもおかしくはない、と懸念。ル・コルビュジエ財団のジャン=ピエール・デュポンも、ル・コルビュジエは景観、自然の音(ざわめき)、緑にも配慮をし、それらを含んでの礼拝堂なのであって・・・と反論し、さらにル・コルビュジエ自身の1960年前後の「ロンシャンはこれで完了」という声明まで聞かせる。

・・・考察。

短い記事ですが、人間で追ってゆくといろいろ背景が推測できて面白いですね。

まあそれぞれの立場の思惑は理解できる。どこにでもあることだから。とくに市長さんにとっては、観光客を増やしたいところです。

もちろんピアノは、ボブールにあるポンピドウ・センターの建築家。このミュージアムは20世紀美術のためのもの。いっぽうIFA(フランス建築協会)を継承しつつシャイオ宮にできた建築・遺産博物館は、コーエンも立役者の一人でる。だからボブール/シャイオのライバル関係という背景があって、コーエンさんがピアノさんに意地悪したっておかしくはないけれど。ただこれは可能な邪測シナリオというにすぎない。

だから巨視的にしか見れないのだけれど。

じっさいのところこの礼拝堂はふたつの宗教が同居している。ほんらいのカトリック。そしてル・コルビュジエ教。これは純粋宗教/世俗宗教の抗争ともいえる。

フランス革命はカトリックを弱体化させて、いっぽうではアートを宗教的なものに格上げした。フランスがなぜ芸術の国かというと、誇張していえば、それは(おかしな表現だけど)世俗の宗教、宗教の代替物のようなものだからです。実際は宗教もまた芸術のパトロンだからそんな厳格な二項対立ではありませんが。

ロンシャンについても、宗教団体にくらべ文化団体の発言は強いなあ、という印象がするでしょう?フランス世俗社会はいちどカトリックをやっつけたという自負があるのです。たんなる文化政策の充実ではない。

で、よく考えてみよう。18世紀末に、歴史的建造物は、民家と軒を接してはいけません、なんて考え方ができた。カトルメール・ド・カンシーの「孤立するモニュメント」理念です。それがたとえばパリのノートル=ダム大聖堂の周辺地区整備計画の根拠にもなった。今回のはだから、世界遺産的制約でもあるような、しかし結局は、200年前の、そもそも「記念碑」という概念ができた時代の、まさにモニュメント概念がそのまま継続しているようなものである。

でもル・コルビュジエ/ピアノは建築宗教どうしの宗派争いですね。ピアノはピアノでフランスにも信者は多いので。日本にもル・コルビュジエ神社をたてよう!なんて人もいましたし。

結論としては、純粋宗教/世俗(建築)宗教のいざこざ、世俗宗教/世俗宗教(ピアノは相対的に世俗的で、ル・コルビュジエのほうが神格化されている)のいざこざがクロスしているという、じつはこみいった話しでもある。

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