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2008.05.03

フィリップ・ジョンソンの《グラス・ハウス》というアルカディア

どれ、Architectural RecordのDaily News、朝刊がわりに読むか(もう隠居じじいだね)。2008年5月1日付の記事『グラスハウス、チケット完売につき追加発券』を抄訳すると・・・

このグラスハウスは2007年夏から一般公開。しかし近づいて拝むのは難しかった。建築家の自邸で、1949年完成、コネチカット州ニュー・カナンにある。近代建築の偶像的作品。ガイド・ツアーは10人ごと。年に7カ月の公開。2007年のチケットは、6月23日のグランド・オープンはるか以前に完売。2008年度分も同様。

Glass_house

要望に答え、地所の所有者であり管理者である歴史的保存ナショナルトラストは、ツアー一日5回を6回にし、1500券を新規発券。現地ディレクターChristy Maclearさんは、見学内容が犠牲になることはない、と説明。入場料40ドル。所要時間2時間。(このショナルトラストは28件の建築を所有。)4月から10月まで、火曜日以外は毎日オープン。去年は11カ国から8000人の入場者。

地所は47エーカーで、グラスはウスのほかに13棟。現代美術ギャラリーが印象的。ジョンソンは美術学芸員David Whitneyとともに長いこと、ここで生活していた。1986年、ジョンソンはこの地所をトラストに遺贈する決心をした。2005年、ここで没。98歳であった。

2007年の公開にそなえて、トラストは26件の保存計画をたてた。建物の屋根や壁などだけでなく、美術作品の修復も含まれる。こうして「時の試練に耐えてゆく」のだそうな。

さて感想。

じつはこの物件は見ていない。ライトの落水邸をみたとき、神話性はすでになくなったと感じた。ここもそうなのであろう。しかしライト=大衆的、ジョンソン=エリート的という構図はそのままです。

とはいえ《グラス・ハウス》は近代建築のイコンです。MoMAのキュレーターとして建築トレンドをリードしたキュレータ・建築家フィリップ・ジョンソンの自邸。工業化された建築、装飾の排除、ミニマル、均質空間、インターナショナルスタイル・・・技術そのものはさらに進化するにせよ、ある種の極北がここにあります。

歴史家として位置づけるなら、これは20世紀建築を支配したアメリカのエッセンスです。つまり19世紀末から20世紀にかけて、アメリカは経済大国となり、戦争で疲弊したヨーロッパにかわって、世界の芸術、建築をリードするようになります。資金にまかせて、世界中の美術作品を買いあさり、それで美術館を建設します。裕福な家庭に育ったフィリップが、かつてヨーロッパ貴族がイタリアを旅行して教養を深めたように、ヨーロッパを旅行し、文化を蒐集する。それを展覧会として、自邸として、集大成させる。18世紀のバーリントン卿を思い出させます。

フィリップは偉大なる教養人です。だから日本的にモダニストと解釈するには無理がある。ひょっとしたら日本的モダニストは本気で伝統文化から離脱しようとして、西洋のモダニストは切れるといいながら切れていなかったということが、あるかもしれない。

そう考えると、意外と古くさいのかもしれない。偉大なる個人としてのパトロンなのだから。ついでにいうと、モダニズムを支えたのは、社会主義政策もあったかもしれないが、お金も教養もある特権階級でもあったことを忘れてはならない。

《グラス・ハウス》といえば中村敏男さんの写真集 Toshio Nakamura, Philip Johnson's Glass House, 2000をいただいたことがある。だいぶ前になる。あたふたしていたので、お礼もまだのような気がする。遅くなりましたが、御礼申し上げます。(下の写真はコピーですが著作権を考えて大幅縮小してあります)

Glass_house_ex

このなかでフィリップは英国18世紀の風景式庭園が好きだということを述べていた。そうか。そうだったのか。それで納得がいった。上の写真集をみていると、「アルカディア的風景」という言葉が頭に浮かんできて離れなくなったのは、そのせいであった。

行って見てきたひとの話しはいろいろ聞いた。アメリカ人が西部を目指したフロンティア・スピリットの表現という指摘もあった。そうかな。しかしここはNYの郊外住宅地のようなもので、彼の敷地はそのへりであるらしい。《グラス・ハウス》は人工的な住宅地と、自然のボーダー上にある。

そこで気がついた。これは18世紀イギリスのジェントルマン庭園である。類例としては、ジョン・ウッドが18世紀バースに建設したプライア・パーク。見下ろした池に、パラディアン・ブリッジを造作し、スケールをわざと小さくして、距離感を演出するとこともそっくりである。なお下の写真で、白黒は、別の場所のパラディアン・ブリッジです。いかに流行していたか、です。フィリップはとうぜん知っていたでしょう。

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18世紀イギリスの風景式庭園を愛好していたと告白しており、プッサンの絵画くらい知っているのは当然で、実際、《フォーキオーンの葬送》の贋作はもっていたという。それでプッサンの風景画のなかから似たものを探してみたが、うまくはいかない。《葬送》もそうだし、妻が遺灰をあつめる光景を描いたものでは、神殿が湖をみおろしている。ただしこの神殿は遠景の中央にあるので、視線の向きは逆である。

さらに様々なスタイルのフォリー。イギリス紳士たちが自分の庭園を、ギリシア風、ローマ風、インド風、中国風といった様々なスタイルのフォリーで飾り、そこを世界の縮図としたように、フィリップもまた古典主義(自邸はミニマルにされた神殿である)、ゴシック、簡素な小屋、幾何学のコラージュ、ポストモダン、などで満たす。彼は変節していったのではない。さまざまなものが共存していたのだ。そして18世紀イギリスのジェントルマンが、その庭園において、イギリスが支配した世界に同化していったように、フィリップは自分自身が舵をとった20世紀建築に無限に同化していった。

エルヴィン・パノフスキーとの関連はないのだろうか。1933年にアメリカに渡り、1936年にはプッサンの《アルカディアの牧人》の解釈をめぐって論文を書き、1955年にはそれを含んだ『視覚芸術の意味』を出版した美術史家。「アルカディア」概念そのものは教養人なら当然しっているはずである。フィリップもまた、この伝統的概念や、プッサンの絵や、それについてのパノフスキーの議論を承知しながら、自邸を建設したのであろうと想像する。もちろんそれを単純な影響などとすることはできない。自意識溢れる人びと間のアイディアの交流なのである。

すくなくとも誤訳、曲解・・・で解釈はかわっていくでしょ、というパノフスキーの物語と、フィリップのトレンドメーキングは近いものがあるなどと感じる。

パノフスキーが、アメリカの美術史研究を賞賛していた。ご本家ヨーロッパでは、思い入れや党派性が強くて自由な発想ができないなくて、アメリカのようがよっぽど自由で、客観的で、平等で、スケールの大きい発想ができる。フィリップもまた、ヨーロッパ建築を少し遠いからぎゃくに全体がわかるといった、そんな視点から見ていたのであろう。そしてアメリカにおける建築業界との関わりはどうだったのだろうか。トレンドメーカーでありながら、醒めた距離感というものはなかったのだろうか。

これを日本で昨今話題になっている「モダニズム建築」などと関連づけると、まったく浅いものになるだろうね。なんとかしてください。

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