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2008.04.25

ボルドーへの道

ボルドーへいきたいなあ。ワインがおいしいし、観光名所だし、スペインも近いからビルバオのグッゲンハイムも見られるし。運河づたいにクルージングして地中海にそのまま出られるし。この運河巡りをしたひとはいませんか?アメリカのお金持ちはよくやっていると聞きますが。

ぼくはヨットを調達できるほどのお金持ちではない。しかしレンタカーで漫然と南仏を旅行したとき、運河ぞいをねらって走ったことがあった。標高が異なるところはフランス語でエクルーズとよばれる水門=水位調節装置で、舟はずんずん内陸に高地にわけいる。この水門たるや、女の人ひとりで簡単に開け閉めできるのだな。これは見物です。

下のものを連続写真的に見てください。要クリック。

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ぼくはお母さんが開け閉めしているのをずって見ていた。ぼくがほほえむと、彼女はどう?って顔をした。

それはともかく、交換留学である。詳しい内部事情は漏洩できないが、大学というのはややこしいところで、当事者どうしがOKでも、たんに物見遊山な短期留学で許されるはずなのに、担当がどうの、規定がどうので、うまくいかないことがある。

国際交流などもっと気軽に考えよう。ヨーロッパでは車を数時間運転して、隣の国にいってどうのこうのやっている。教員ではなく学生が。ウィーンの学生が、パリで卒論を書けるくらい、カリキュラムの相互互換性が進んでいる。日本は地理的に不利だから、だからこそ、いろいろ工夫して、無意味な障壁をなくしていかなければならない。

それからアーキテクト系の学生にとってはドローイングや模型そのものがことばなのである。だから英語やフランス語などのいわゆる外国語は文系学生からするとかなり劣っている。それは学習にかけている時間が桁違いなので、しかたないのである。

なんとかしてほしい。

ボルドーはユネスコ世界文化遺産に登録されていることはすでに報告した。有能な市長アラン・ジュペが頑張って、プロジェクトを打ち立てて有能な建築家を呼んだり、トラムを導入して、しかも中心部の外ではパンタグラフ付き、内部はなし、など工夫している、建築文化センターもあって企業から資金をうまくもらっている、など、地方のコンパクトな都市であってもここまで文化育成できるのだという見本である。

そこでの建築教育。日本では、現代建築系と、歴史・伝統・遺産系はほとんど対話が成り立たないほど分かれているという、ちょっと情けない状況もときどきある。しかしボルドー建築大学を訪問して、授業風景などを見せてもらって、感心したことがある。それはフランス全体でそうであろうが、よくもわるくも、教育メソッドがきちんとしているということだ。悪くすると保守的に流れやすいが、ともかくもちゃんとしている。

ボルドーの先生は、まず正方形の空間(ぼくが教えているキューブ教育に似ている)を与え、外に面しているのは1辺、2辺、3辺、4辺と段階をおって、内部の分割、外部との関係づけ、などを教える。スケールは1辺が数~10メートルくらいだったと記憶している。

抽象的に思える。しかし具体的でもある。なぜなら1辺、2辺がオープンというのは、伝統的な都市建築の状況だし、4辺オープンは戸建て住宅のスケールである。というように伝統的な、ということは日常的に関われる空間の特性というものがはっきりとあり、それを抽象化してモデル化して演習課題としている。

それからスケール。抽象課題のスケールだが、このスケールそのものはボルドーなど伝統的都市空間を構成している代表的なスケールなのだ。ここに演習から具体的都市へと展開してゆけるカギがあるように思える。

これは古典主義時代の芸術教育において、デッサン教育を中心にすえ、まず手のデッサン、肩のデッサン、頭部のデッサン、それらを組み合わせて人体全体のデッサンというやりかたをしていた。ボルドーで見たものは、それを思い出させる。

日本の建築教育は、目下需要であるテーマ、プロジェクト(コンバージョンであれ遺産であれ都心回帰であれ)を中心に据えることがおおい。しかしボルドーでは、アーキテクトの基本能力はなにか、それを養成するにはどんなトレーニングがいいか、はっきり見極めているように感じられる。

日本のように教育者=研究者=建築家が、自分が目下とりくんでいるプロジェクトや課題を読み砕いて学生に与えるのも、もちろんよい。切実さが違ってくる。しかし学生の能力のなにを鍛えるか、という視点がないとうまくいかないだろう。

ボルドーの学生は、まずオルレアンなどの現代日本建築展をみて、雑誌もみて、日本のアーキテクトの優秀さをもちろんしっており、それから日本は伝統と現代のどちらも見所ある国と認識している。彼らは、しっかりと設計する。基礎ができている、といった感じの設計である。学生だからもちろん知恵はそこそこである。しかし学生だから未熟も夢想もあるけれど「基礎がしっかりしている」感はなかなか得難いものがある。

日本の地方大学的には、近隣国との交流を展開するのはこれから期待できる可能性であろう。

・・・以上15分の愚痴でした。今日は東京から非常勤の先生をよんでの、集中設計演習である。がんばります。ということでいってきます。

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