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2008.04.30

「モダニズム建築」ってなんだ?その保存とは?

(1)「モダニズム建築」の「保存」ってなんだ?

巷では「モダニズム建築」の「保存」が話題になっているらしい。山寺にこもっていたあいだにたいへんなことになっていた。・・・は大げさにしても、わかる点と疑問な点がある。1996年に登録文化財制度ができたが、日本の近代建築の黄金時代といわれる1960年代のものが、いよいよ2010年からその対象となってゆく。これはよくわかる。そのとき丹下健三の代々木オリンピックプールが中心となるであろう。ただこれは1940年代生まれの方々が中心となるものであろう。

しかしそれがことさら「モダニズム建築」となぜ、呼ばれるのか。そして専門家にとってもまか不思議な点は、Modernism Architectureという、グローバルには通用しない和製英語でそれらを語るということだ。事情に精通しているはずの専門家たちがあえてそうするのが、わからない。

そしてその新たな保存の波が、建築史学をどう展開してゆくか、という点も。

(2)建築学会の『建築雑誌』では

『建築雑誌』2008年2月号では「モダニズム建築の保存」が特集されていた。

年表があって、ぼくがすこしだけかかわったのは大分県立図書館と長崎市水族館だけであったことも思い出した。あまり汗を流さない執筆、発言のたぐいにおわっていた。なにも貢献していない。これからもそうだろうと悲観的な予測しかないが。

倉方俊輔さんが総括的な『「モダニズム建築の保存」がもたらすもの』論文を書いていた。

想定問答集のようなものが書かれていて、予期される批判としては、機能主義の哲学を貫いていさぎよく解体されるべき、保存ではなくより生かされるべき、ポストモダンなど他の概念との関連、モダニズムの本質を忘られがちではないか、歴史家だけの議論ではないか、などというものであった。それらにひとつひとつ反論して対抗している。いろいろ仮想敵(のふりして現実敵)を想定しての対応だけに、包括的で、スキがないようにも見える。しかしぼくには決定的ななにかが欠けているように思えてならない。

それは建築とはなにか、歴史とはなにか、という本質論。そこから反省的に見えてくる日本の建築史学の責任である。

いろいろ矛盾点がある。「モダニズム」という以上「イズム」であり「主義」である。主義であるからには、共産主義にとっての資本論とまではいかなくとも、ちゃんとしたコアになるひとつかいくつかのテキストがなければならない。欧米の近代建築運動はまさに「運動」であった。そして運動を運動たらしめ、主義を主義たらしめる、意識、そして言葉、マニフェストがあった。しかし日本の「モダニズム建築」には書き散らかされたエッセイがあるだけで、主義として総括されたものではない。つまり運動の主体から発せられた概念ではない。

「モダニズム建築」のイズムとは歴史家、あるいは歴史家的立場の人びとが、懐古的、事後的にまとめとしてたものだ。歴史家が懐古的に眺望してこしらえた言葉だ。主張ではなく、観察のことばである。だから本来ならそれを「イズム」とすることはできない。

というわけで建築史家だからいえないことがあった、それが書かれなかった、と解釈する。だから、ぼくがかわりに書きましょう。

つまり日本における建築史学において「近代建築(Modern Architecture)」とは、日本における「近代化の建築」なのだが、それは欧米での近代建築運動とは「違う位置づけ」をされてしまった。

日本の近代建築とは、まず文明開花と近代化における建築であり、それは擬洋風、様式建築(これまたわけのわからない概念だが)、西洋風建築、東洋趣味建築などである。それらは20世紀初頭の、いわゆる近代建築運動がもたらしたものから否定されることとなって、近代化に貢献しながら、模倣主義的で、退嬰的で、先進国追随的なものと歴史的評価は与えられなかった。さらには都市の近代化のなかで取り壊されはじめた。日本の近代建築(Modern Architecture)とは、そんなかわいそうな建築として、歴史研究と保存の対象になったのであった。

それらは村松貞次郎先生などが落ち葉拾いと揶揄されながら積み上げてきた研究と実践であった。

20世紀の近代建築運動は合理主義という普遍的な思考と、近代工学という普遍的な技術に立脚して、19世紀的なものを否定し、ヘゲモニーを握った。そこからすると「日本の近代建築」とは保守派からも革新派からも劣ったものとみなされた。

その二重構造のなかで、区別するため、近代建築運動の影響をうけたものは「近代建築(Modern Architecture)」と呼ぶことはできなくなった。だからわざわざ「モダニズム建築」などと呼ぶ。なるほどイズムをかぶせると、理論武装をした建築家がとりくんでいる雰囲気はする。しかしイズム建築の以前の建築家たちが、理論や理念に不足してたかというと、そんなことはない。そう考えるのは冒涜もいいところである。

個人的感想を述べると、日本の近代化も長いから、そのなかでかなり追随一方だった時期と、かなり対等に近くなった時期があって、さらに欧米でも近代建築運動でかなりドラスティックな変化があったから、そこで線を引きたくなったということだ。

日本では、このように、なんとも摩訶不思議な図式ができた。

     日本の「モダン」=西洋19世紀的

     日本の「モダニズム」=西洋20世紀的

ところが、

     西洋の「モダン」=おもに20世紀、ときに19世紀も視野にいれる

というへんてこりんな分け方になってしまった。ぼくは日本のこんなモダン/モダニズムなんていう二分法が本質的とは思わない。正確ですらない。こんな図式ができるからくりは、じつはくだらないところにあると思っている。くだらないし、西洋に追随し、近代化していった日本の近代建築についての時代概念が、当の西洋とはずれてしまった。さあ、たいへんである。

ただぼくがいいたいのは、そこで安直に先学たちが引いてしまった線を、無批判に、若手研究者たちが受け入れてしまうのはいいことなのか、ということだ。つまりそうした歴史的枠組みには、研究者たちという、それを観察分析する立場のさまざまな世代的、学派的、イデオロギー的対立がすでに投影されている。

いいわるいはさておき、「モダニズム建築」などという言葉を使うには、たんにこれこれの建築を擁護したいだけというのではなく、しっかりした歴史観と、建築史家としての自覚のようなものは必要であろう。それなしに、いかなる歴史観から判断してゆくのか、その歴史観はどのような(しっかりした)骨格をもっているか、がなければ保存も各論的、対処療法的なものに終わってしまうだろう。

(3)ウィキペディアでは

国際学術会議で日本のModernism Architecture in Japanなんて発言できるのだろうか。欧米の人とそんな話しができるのだろうか。ぼくには、とてもできない。そんな言葉は使わない。

日本語版「ウィキペディア」には「モダニズム建築Modernism Architecture」なる項目がある。おそらく、いちおう、専門家が書いているようだ。その定義はぼくとしては納得できるものではない。その定義は、20世紀における合理主義的な建築の起源を、ルネサンス、新古典主義、19世紀などさまざまに遡及して定義づけようというものである。だから「建築を理念によって支えるという点は新古典主義において萌芽した」が、などとそれ以前は理念がなかったかのような書き方をする。具体的にはっきりわかるのは、バウハウス、CIAM、ギーディオン、ル・コルビュジエによって代表させ、日本では分離派、前川國男、丹下健三(堀口捨巳もはいるであろう)といったひとびとによって代表させようとしている。これはこれで間違いではない。

日本語版の解説は、あちこちとさまよい歩き、それもある、これもある、ではっきりと指標を選べていない。

しかし英語やフランス語ではモダン・アーキテクチュアである。逆にモダニズム・アーキテクチュアとは、逆翻訳できない、和製英語である。

英語版ウィキペディアならModern Architectureといい、フランス語版ならArchitecture Moderneという項目である。Modernism Architectureではないのである。日本語では「モダニズム建築」という互換性のない言葉を、専門家ならそのことは知ってきながら、あえて使うのか、使わざるをえないか、という問題である。

内容だが、フランス語版では、遠いルーツは革命、啓蒙であるが、近くはバウハウス、CIAM、MoMAという指摘で、簡潔でわかりやすい。英語版では、産業革命をいちばん重要視しているし、いわゆるモダニズムは様式を否定しながら、しかしモダンという様式を作ったというまっとうな指摘をしている。定義とは、あれこれの列挙ではなく、ある決意をもった選択なのだという態度がみえる。

ぼくにはこれらにはお国柄がそのまま反映されているように思える。フランス人は啓蒙をいいたのだし、アングロ=サクソンは産業革命をいいただる。しかし日本は、モダンとモダニズムを分裂させ、しかもはっきりした定義にはいたらない。右往左往している。日本ではこうなんだ、という決意もない。西洋的枠組みを中途半端にあれこれうじうじとこねくりまわし、バランスを考えながら、バランスさえとれていない。

では居直って、日本特殊事情を語ることで、モダニズム建築を和製英語として認めさせる。カラオケ、カワイイ、などのように。しかしなんか情けない。それから日本の特殊事情など、グローバルにはどうでもいいことだ。

しいていえばモダン/モダニズムという日本的な特殊枠組みには、近代=近代化=西洋化という、当の西洋にはない背景が、色濃く反映されている。そのことが定義づけ作業における態度の揺らぎとなっている。さらにはこれを逆手にとって、堂々と居直るということさえない。

(4)なぜ歴史観にもとづく議論にならないか

ぼくはいわゆる「モダニズム建築」なるものの保存は、保存の対象がひろがり近くなるということにとどめてはならないと思う。それは戦後を歴史として考える、絶好の機会となる、これが最大のメリットだと思う。

稲垣栄三先生も藤森先生も、ついでにいえば八束はじめさんも、戦争で歴史叙述を終わらせてしまい、戦後を含めた歴史を書かなかった。

そのうち整理したいし、ぼくでなくとも誰かが書くであろうが、これまでの歴史的建築保存における欠陥は、建築史の側の問題として、歴史をいかに現代につなげるか、という点に配慮してこなかった、あるいは足りなかった。

その証拠に、建築史家として著名な先生でも、時間がたち、残ったものこそ、いろんな試練を経てきてその価値が実証されたわけで、そうしたものに歴史的価値があり、それを登録なり指定すべきだ、とおっしゃる。現代建築は、歴史的建築ではなく、さらに歴史の評価や淘汰をうけていないから、生き残ったものよりも価値は劣る、といわんばかりである。

一見、矛盾ないようだが、歴史観として大きな欠陥がある。つまり「現代は歴史ではない」という暗黙の前提がある。しかしこの場合、彼のいう歴史とは過去のことであるにすぎない。歴史的連続性をもって現在が続いていれば、現代のなかに歴史的価値があって当然なのである。そう考えられないのは、思考の枠組みそのものがおかしい。

さらにそこには「淘汰」という概念が含まれている。時代の淘汰、歴史の淘汰、である。しかし淘汰のなかには、建築を物的財としてしか見ない立場も、文化財になると困るから壊したい立場も、含まれる。

淘汰されたものに文化的価値があるとするのは、素人の方法である。自分に価値を判断する能力がないから、歴史や、世間や、委員会などに任せてしまう。専門家は、生まれたばかりのもの、萌芽的なもの、のなかに価値を発見しなければならない。たとえ世間と諍っても。

さらに現代において文化的価値がないものに、時間がたったら、歴史的な価値がどうやってつくのだろう。ゼロからなにかが生まれることはありえない。それは再解釈などの変換は必要だ。しかし現代的価値が歴史的価値に、いかなるかたちか、変換されゆくことを考えねばならないだろう。

また審級としての「歴史」をいうとき、この「評価」をする主体である「歴史」とは、なにか超越的なものであり、人間はむしろ不在のようである。そこには主体はない。しかし評価とは、見識とときには資格がある、生身の人間がおこなうのが普通である。歴史などという超越者ではない。

ぼくなりの考え方である。歴史を風景としてみてはいけない。平和にみえても、そこにはいろんな争いがある。それを生き直すことが歴史家のつとめである。「モダニズム」などという漠然とした、存在証明しようのない、雰囲気としてしかわからない、へんてこりんな時代精神をねつ造しないことだ。

現代において歴史を見るということは、いいかえれば、現代を歴史の先端とみること、そうみつづけること、という平凡なことに他ならない。ちなみにこの考え方は、現代と歴史の接続を考え、フランスの歴史的街区保存の制度を確立したアンドレ・マルロからの借り物にすぎない。でも普遍的な考え方だと思う。しかしぼくは極端な少数派にとどまるであろう。日本内部は、平和共存しているようで、じつはきわめて細分化されたセクト社会である。そのことはじゅうぶんご存じでしょう。この国では歴史とは過去なのである。過去をいくつもに分節化し、さまざまなセクトが住み分けている。

戦前、戦後を一貫して書けない理由もすこし見えてきた。モダン/モダニズムなんて分けていたら、書けるはずがない。前近代/近代、戦前/戦後、モダン/モダニズムといったさまざまな切断。それは歴史の問題でもあり、それ以上に歴史学の問題なのである。

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