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2008.03.15

「理想の風景」について

ケネス・クラーク『風景画論』読書レジメのつづきである。建築設計演習のための素人のノートなので、絵画のプロはパスしてください。

クラークは本書3章で「幻想の風景」について述べている。舞台は16世紀、宗教改革などで価値観が揺らいだ時代である。のちの表現主義につながる北方的な感性がうまれ、火、火災、などが好んで描かれたこと。マニエリスムが誕生し、人体がデフォルメされて描かれ、ビザンチン風の奇石などが描かれた。・・・ことなどが書かれている。これはのちに触れることにします。「平戸プロジェクト」には直接関係しないからです。

 第4章が「理想の風景」である。もともと風景は、英雄や神話の背景であり脇役にすぎなかった。しかしそれがひとつの理想とされることで、主役となった。

 これは常識的なことだが、そこでは古代文学が風景画家のインスピレーション源とされた。

オウィディウス『変身譚』。ギリシアやローマの神話において人物が植物、動物、鉱物などに変身してゆく物語。ナルキッソスが自己愛によってスイセンになる。ナルキッソスを愛するエコーは木霊になる。イカロスは蝋の翼で空をとぶが墜落する。ダプネーは、アポロンに追いかけられて、木に変身する。など。(下はプッサンの《エコーとナルシス》)

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ウェルギリウス『アエネイス』。アエネアスはトロイア滅亡ののち、カルタゴ女王との悲恋があったが、イタリアに到着し、ローマ建国の礎となる。その流転におけるさまざまな景観(下はクロード《デロス島のアイネイアスのいる風景》)。『牧歌』は田園を賞賛する「アルカディア」概念をもたらして、ヨーロッパにおける理想的田園概念の出発点となった。『農耕歌』には農民の生活、農作法、牧畜や養蜂やブドウ栽培の仕方などが書かれている。

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とうぜんのことながら、これら古代文学はたびたび読み返されることで、風景画のみならず、文学(ダンテ『神曲』など)、パラディオのヴィラ建設、イギリス貴族のカントリー・ライフ、造園運動、ピクチャレスク美学の成立、をもたらしたのであった。

はからずもクロード描くカルタゴは「港市」ですので、平戸プロジェクトの参考になるかもしれません。

こうした古代的インスピレーションを復活させたのがジョルジョーネとティツィアーノの《田園の合奏》や、ベリーニの《寓意》、ジョルジョーネの《テンペスタ》、ティツィアーノの《聖愛と俗愛》などだが、これら前書きはそれだけで独立させて論じるべき対象でもあり、ここでは割愛します。

クラークの本題はもちろんクロードとプッサンである。

クロード・ロランはフランスのロレーヌ地方出身なので「ロラン」と呼ばれるのだが、その生涯のほとんどをローマで画家として過ごした。

彼はローマにおいて野外での写生を行い、それをアトリエにもちかえり、ひとつのタブローとして再構成した。つまり細部は忠実な描写でありながら、全体は構想されたランドスケープなのであった。

その構成法は、同時代の劇作家ラシーヌの「三一致の法則」に匹敵するという。つまり時の単一、場の単一、筋の単一であり、1日のうちにひとつの場所で、ひとつの行為だけが完結するべきである。これがフランス古典演劇での重要な規則となった。ラシーヌの手法として「アレクサンドラン誌行」も言及されている。

クロードは近景、中景、遠景を描き分ける。近景は、画面の一方の書割と、それがもたらす暗い影である。中景は、いくつかの樹木であることが多い。遠景は、古代風の建築であり、光に満ちあふれる。(下左《アポロン神殿》、下右《アイネイアスの出発のあるカルタゴの眺め》

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ところで風景画とは距離を描く絵画であると思う。ジャンルでいえば、静物画や人物画には距離はほとんどない。もちろん絵として描く、あるいはそもそも対象として見るためには、あるていどの距離は不可欠である。しかしその距離は描くべき目的ではない。しかし風景画においては、アレゴリーの組み合わせであることは静物画と同じであるが、距離をどう描くかが課題となる。遠近法はそのための技術だが、必要条件でしかないと思われる。つまり距離を客観的にではなく、主観的に描かねばならない。つまり距離感なのである。

理想的風景の絵画では、距離感がみごとに描かれている。この距離は、自分がかつていた遠方でもあり、これから到達できる彼方でもあり、到達できなくとも心情的に親和的でありうる遠方である。これにたいしロマン派絵画は、まさに到達できない彼岸が、まさにその不可能性がテーマであるがごとく、描かれる。

クリードにおいて古代風の建物が描かれるのは、これが古代であるか、その遺跡が残っているかという、古代のサインである。しかし建物が不可欠なのではない。「クロードにおいてもっともウェルギリウス的なものはといえば、光にみちた静謐な空のもと、やさしく小川が流れ、羊の群れが草を食む、あの黄金時代的感覚」なのだと指摘されている。

*注:個人的には、風景画と舞台デザインとの関連はないのであろうか、と考えている。16世紀の建築家セルリオは劇の種類にあわせて背景を決めた。悲劇=古典主義、喜劇=中世、風刺劇=田園、である。スタイルの合致である。

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ニコラ・プッサンもまた17世紀のフランス人画家であり、生涯の大部分をローマで過ごした。

クラークによれば、プッサンは印象派の先駆者でもあるが、その絵画構成はきわめて幾何学的である。水平線と垂直線を、ときには黄金分割にしたがって、配置する。古代建築は、古代であることを示すとともに、自然のなかには少ない垂直要素を付加するために有効であった。ゆえに直線、正面性が強くなる。それを中和するかのように、補助として、斜行する小道を対角線要素としてつかっている。

ぼくの観察では、プッサンの絵は舞台装置的である。近景の両側には、暗い樹木が描かれている。近景に人物が配置され、主題となるストーリーが展開される。中継は、小道、川、湖などであり、近景と遠景をつないでいる。遠景は、登場人物以上にじつは主役かもしれない。そこには古代建築、神殿、などが描かれる。建物でない場合は、神域のような山が描かれることが多い。

《ヘビのいる風景》(下)は、オウィディウス『変身譚』第3巻を描いたものとされている。フェニキアの王子カドモスはポイオーティアに到着し、従者をマールス泉に水を汲みになったが、マールスの竜が従者を絞め殺してしまった。プッサンはこの竜をヘビに書き換えたのであった。この絵では、ヘビと絞め殺された男が横たわっており、それを目撃した男が驚愕し、さらにそれを見た画面中央の女がおののくという、恐怖の連鎖が描かれている。それは連鎖であるがゆえに、ある時間の幅があり、恐怖が画面手前から奥にむかって展開している途中が描かれている。もちろん遠景までは恐怖は到達していない。

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この絵についてはルイ・マランが『崇高なるプッサン』のなかで多層的な解釈を示しているが、それに触れるのは次の機会といたしましょう」。

《フォキオンの葬送》(下左)はプルタルコスの『フォキオン伝』による。アテネの有徳の政治家フォキオンが誤った民衆の裁判により、ちょうどソクラテスのように、死罪となった。市内での埋葬を禁じられた遺体は、アテネから郊外に運ばれる。その光景を描いたものである。プッサン自身もストア派哲学に傾倒し、徳性を強調する絵画を描こうとしたのであった。絵としては、遠景はその遺骸が出発した場所であって、たんなる背景ではない。

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《フォキオンの遺骨を拾う》(上右)はその続きと見ることができます。近景中央ではフォキオンの士の遺骨が拾われている。遠景中央は、厳格なたたずまいをみせる神殿です。両者を、湾曲する小道がつないでいる。しかし画面全体に緊張感と厳格さをもたらしているのが、中央の神殿であり、それを中心とする強い正面性です。さらにいえばこの神殿は、非業の死をとげた有徳の士の擬人化であろうとさえ考えることができます。

そのほか私見によれば、プッサンの絵画では近景における人物と、遠景における建物が、なんらかの性格上の意味上の対応関係を持っていると推察される。しかし確信をもって主張できるものはないので、やめておきます。

理想的風景=古代の風景、であるのですが、古代の風景といってもタイムマシンで遡ったりギリシアやローマで彷彿するものではなく、古代の神話、英雄、建築、生活(=田園的生活そのもの)をふたたび蘇らせようとするものであった。神話や物語の背景として、風景が描かれる場合でも、背景の風景や建物は、人物のなんらかの特性を反映したものであった。そういう意味ではセルリオが舞台デザインを悲劇=古代都市、喜劇=中世ゴシック都市、風刺劇=田園風景と使い分けたことを思い出させます。

さらには現代の景観思想も、基本的には理想的風景の一派にすぎないようにも思われます。

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