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2008.03.27

贈ることば/70年代か80年代か?

卒業式があった。

総合大学の卒業式は今日たいへんなことになっており、1日がかりである。総長挨拶のある午前の部のあと、学生たちは自分の学部まで移動し、昼食を挟んで、自分の学科の先生から卒業証書を手渡しでもらう。

ぼくの昔の感覚だと、先生に手渡しでもらったってありがたくはないぞ、ごまかすな、だけれども。今の人たちは違うのでしょうね。こら、教育サービス、ちゃんとやれ、もっと盛り上げて、なんて思ってるのだろうか。

手渡しは終わりではない。さらに学部の祝賀会というものがある。これは教職員の手作り祝賀会である。さらにその夜には、こんどは学生たちがホストとなる謝恩会がある。なので学科長であるぼくは1日に4回、挨拶をすることとなったのである。

一日がかりの卒業式が、社会的プレッシャーなのか、制度的プレッシャーなのか、学生的プレッシャーなのか、今後解明すべき対象になりそうである。

ともあれこの長い退屈な一日のなかで、ぼくの意識はずっと眠っていた。目覚めていたのはごく短期間であった。謝恩会で、学生たちが制作したDVDを拝見していたあいだであった。

それは彼らの4年間、修士修了者なら6年間の学生生活をつづったもので、BGMも耳障りよく、テンポもよく、全体のセンチメンタルなトーンもよく理解でき、飽きないで楽しめるものであった。

はたと気がついた。そこには学生しか登場していないのだ。教師の映像はまったくなかった。そう、学生生活には教員はいらないのである。そう。そうだった。ぼく自身の学生生活を思い出しても、教師などはまったく無関係の存在である。教師との関係は、それから独立した無関係の別の課題であった。

学生生活とは、同世代人との関係、そしてそのなかでもとりわけ自分自身との関係の問題であって、これこそが本質である。学生生活とはなにか?(気恥ずかしいことばだが)青春とはなにか?そしてそれらからの卒業とはなにか?とはようするに、こういうことだ。それは自分自身との関係に折り合いをつけることだ。それまでは自分自身をももてあましていたのだ。それをなんとか折り合わせるのである。そうだったのだ。

卒業式の1日のなかで唯一ぼくの脳が働いていたそのDVD数分間のなかで、つぎに考えたのが年代論ということであった。

2008年3月に卒業するということは1985年生まれ、同年に修了するということは1983年生まれということである。個人的誤差はあるにしても。昭和生まれの学生が減少しいなくなるという予定されたコースが目の前に迫ってきたということだが、彼らが背負っているはずの80年代的なものとはなんだったかということである。

ここでフラッシュバック。

音楽でいうと、まず1978年《サタディナイトフィーバー》からのディスコブーム。カルチャークラブなどの新たなるアイドル路線。そして80年代末はユーロビート。

今につながっているのが、1981年、アメリカでビデオ・クリップ方式が始まったこと。音楽と映像の組み合わせ。この方式でマイケル・ジャクソンの《スリラー》、マドンナの《ライク・ア・ヴァージン》がセールスされる。ぼくも含め当時の学生たちは、テレビを付けっぱなしにして、一日中ビデオクリップを見ていたっけ。1曲がそのままミニストーリー、ミニ映画であった。ちなみに今回の学生DVDもまさにこの方式である。

建築でいうと、結構充実。1981年、チーム象の《名護市庁舎》。1982年のマイケル・グレイブス《ポートランド・ビル》。1983年の磯崎新《つくばセンタービル》。1984年のフィリップ・ジョンソン《AT&Tビル》と伊東豊雄《シルバーハット》。1985年は槇文彦《スパイラル》。1986年のノーマン・フォスター《香港上海銀行》とリチャード・ロジャース《ロイズ・オブ・ロンドン》。1987年の原広司《ヤマト・インターナショナル》とジャン・ヌーベル《アラブ世界研究所》。1988年はスプレッケルセンの《グラン・アルシュ》。1989年はIMペイ《ルーブル博物館ガラスピラミッド》とベルナール・チュミ《ラ・ヴィレット公園》などである。

ようするにポストモダン、ハイテク、地域主義などがキーワードとなる10年間であった。日本は護送船団方式がほころび模索している。《つくば》はラディカル折衷主義なのであり、それは日本的構図の批判的ななぞりなのだが、この批判的距離が、時代がたつと、理解されにくいのだが。アメリカはかつての夢、20年代の摩天楼のそれを繰り返している。イギリスもまたよくよくみればイギリスらしさの繰り返しではないか。その意味ではハイテクは、ブルータリズムを生んだイギリスにふさわしい。フランスにいたっては革命理念を復活させなければとりたててエネルギーもわいてこない、といった感じ。社会党の大統領が、その政治的理念をかたちにすべきとき、200年前に回帰するしかなかったのだ。新古典主義的造形はよござんしょ。しかし今までの200年のプロセスのなかで、なにもなかったわけではないでしょうに。

そう考えて振り返ってみれば80年代の建築って、不器用で無自覚的だけど、ナルシシズムの建築ではなかったか?

そして80年代論をまとめるとどうなるか。60年代は政治とメッセージの時代。70年代は私生活と雰囲気の時代。80年代は商業とセールスの時代。今現在は空虚なので、そのバキュームがなにかを引き寄せる、しかも自分自身のなにかを吸引するというナルシシズムの構図が見える。

《スパイラル》などは槇文彦の『見え隠れする都市』の理屈をそのままひとつの建築にしたようなものだ。ひとつの物語を語るパッケージとしての建物。それは《スリラー》がひとつの恐怖おとぎ話と組み合わさって聞かれたことを思い出させる。同様に、グランプロジェも革命をわざと未完であった革命を完成させるなどといった、ストーリーを演出したパッケージ、ビデオ・クリップであったとしたら?

でもいっぽうで80年代はまだ冷戦構造であった。そう考えるととても古い時代である。なにしろ日本ではまだ「ソヴィエト連邦」とよばないといけなかった。不思議な言論統制があったのだ。なにしろヨーロッパでは、公式にはソ連でも、ロシア、ロシア人を必要におうじて使い分けていた。「今我が国の防衛体制がこのような状況で、ロシアの戦車がやってきたらどうなる!」ということが国営テレビの夜8時のニュースでやっていた。ようするに日本の奇妙な建前主義と、ヨーロッパの本質・本音主義の相違があった。今の学生は「ソ連」をどう理解しているのだろうか。

ともあれ80年代を理解するにはその10年だけを見つめていてもだめなのであって、すくなくとも過去2世紀の枠組みをつくって、そのなかでこの10年がどう位置づくかの検討であろう。とはいえまあ今後の検討課題ですね。

・・・ぐらいのことは意識が目覚めていればDVDが上映されていた2~3分間でも思い出せるものだ。でもすぐ○○先生、ご挨拶を、ということで。

「DVDとてもよくできていました。見てて飽きなかったし、とても心地よく、感激しました。

でも見ながら思ったのですが、きみたちナルシストだよね。でもそれはいいことです。自分を愛せるなら他人も愛せるはずだから。

ぼくにとって印象的だったのは、そこには学生の姿しか映っていなかったことです。でもそれは、きみたちの自分自身への視線しかない、ということではない。きみたちが同世代人の友人を見つめる視線、それが溢れている、ということです。若さとは孤独で生きることではない。いつも他者に自分の若さを投影しつつ、他者のなかに自分を映しながら生きる、そういうことです。

しかしこの他者との切ないまでの一体感はやがて失われるものです。やがて失われるからこそ一生大切になる、大切にすべきものなのです。

DVDの映像の写し方や、BGMや、センチメンタルなトーンは70年代のテイストだよね。ぼく自身、70年代は中学生から修士課程まですごした激動の10年だったので、つよく感じました。1970年に三島由紀夫が自決します。そこからはじまる10年でした。ぼく自身にことはともかく、過去を、もつことはとても大切なことです。人に自慢するほどのことではありませんが、ぼく自身にはこの10年間がとても大切でした。

中島義道という哲学者がいます。カントの専門家で、時間論を書いています。彼は、人間は自由であり、自由であることの根拠は過去にある、といいます。未来はまだ来ていないから存在しない。現在はこの一瞬だから人間があれこれするには十分な長さではない。過去はすでになされてしまって取り返すことができないように思える。しかし中島先生の師・大森荘蔵も指摘しているように、過去は存在しない。過去は想起するごとに、あらたに再構築されるものです。そしてその過去を出発点として、今にいたるまでの自分をそのたびごとに再構築します。だからそれはあらかじめ決まっていることではない。過去、そして過去から今までを再構築できる、そこに人間が自由であることの根拠があります。

過去をもつことはとても大切なことです。きみたちの4年間、6年間はやがて過去になります。しかし君たちはこれからの長い人生のなかで、この数年間を思いだし、そして思い出すごとに再構築し、そのことによって今の自分をも再構築する、この学生時代はやがてますます重要になって、自由に自分自身を再編集するために不可欠な過去というジャンピングボードになるはずです。

最後にきみたちに贈ることばがあります(*といっても武田鉄矢ではなく柴田翔を連想していただきたい!)。これは先ほどの70年代にまだ10代であったぼくが聞いていた流行歌の一節からの引用にすぎません。だいぶ軽薄ですが、すこしばかりの真実もあるかもしれません。そんな重いものも背負っていないのでいえるようなことです。

きみたちは、きみたちの今の生き方を、ずっと忘れないでください。きみたちが、きみたち自身でありつづけるために。

卒業おめでとう。」

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