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2008.03.28

東方旅行(042)1988年1月10日(日)ルクソール

今日は日曜日である。前稿では金曜日と書いたから辻褄があわない。要訂正。

それはともかく20年前の日曜日、ルクソールは快晴であった。いっぽうぼくは疲労困憊していた。じんましんがでて、お腹の調子も悪かった。ナイルは静かに流れ、おおくの観光客を運んでいた。ほとんどが外国人である観光客も、エジプト人たちのように、それぞれの仕事をするのであった。

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ルクソール神殿。起源は中王国時代。ハトシェプストとトトメス3世のころには礼拝堂があった。花崗岩でできていた。パピルス柱で飾られていた。

Luxor Photo

ラムセス2世は大中庭を、その北側に建設した。それによって前身礼拝堂はなかば埋もれてしまった。

アメンヘテプ3世はさらに増築し、現在あるような建物とした。

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ナイル川東側にあり、スフィンクス参道にそって北側からアプローチする。北側にあるカルナック神殿から、アモン神がその参道づたいにやってくる。この神にとってそこは南のハーレムであった。この南の神殿では、アモン神は生殖の神であった。「誕生の間」なるものがあって、ファラオが神によって誕生するということが、この間に表現されていた。至聖所の周囲はエロティックなレリーフで満たされていた。

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開花式の円柱がならぶ通路。柱の高さは15mにもなる。ただここは左右に一列あるのみ。そこをぬけると正方形の中庭。パピルス柱に取り囲まれている。中庭の南側にあるのが入口の広間、ここは一種の多柱室である。それから「供物の場」とさらに「聖船の間」。これは回廊で取り囲まれており、入れ子状になった建物内の独立した小さな建物である。さらにいちばん奥の「至聖所」のは三主神がならぶ。

敗因。今回の旅行はガイドブックの限界。ホテル、旅行関係のみで、文化欄が貧弱であった。フレッチャーも観光には役立たない。ひとつひとつの部屋がなんなのか、書いていない。日本にもどってブルーガイドを大量購入するか。

エジプト人は日本人には人なつっこく話しかけてくる。

博物館は、展示は貧弱であったが、場所はよかった。

レストランLimpyはよかった。シェフはフレンドリーで礼儀正しい。

夜9時30分発のカイロ行き列車。2等。4.50£なり。安眠は最初から期待してないけれど。

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