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2008.02.18

フランスの裁判所(3)エクサン=プロヴァンス/上座裁判所ほか

 1999-2000年に短期フランス滞在をしました。すでにご紹介したナント、ヴァンス、そしてここエクサン=プロヴァンスで裁判所が新築されていたことが印象的であった。のちに知ったが、ボルドーでもロジャースのものが建設されていた。司法制度の全般的改革の結果であることは想像はつくが、くわしいことを調べようと思っているうちに雑用に追い回される境遇となった。

 このエクサン=プロヴァンス裁判所がある場所は、もともとプロヴァンスの総監邸、高等法院などの建物があった。これらは18世紀末に取り壊された。

 ルドゥが新しい建築を設計し、基礎まで建設されたが、革命によって頓挫した。このプロジェクトは彼の『建築』に収録されている。ふたつの正方形をずらして組み合わせ、都市的な文脈にあわせたもの。裁判所は巨大なポーティコからなる。監獄は、鈍重なトスカナ式オーダーのポーティコ、開口の少ない壁面、からなる。投獄される罪人が脱出の可能性のなさに落胆する、建物の機能をはっきり表明した「語る建築」の例とされている。この裁判所/監獄の組み合わせは珍しくなく、レンヌでもそうであった。

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 建築家パンショPenchaudは、1825年から1832年、ルドゥのプランに従って建設された基礎のうえに、法廷と監獄を建設した。光が降り注ぐ中央ホールが印象的であったという。裁判所のほうは、ルドゥの新古典主義からはほど遠く、平板な古代ローマ様式かあるいはルネサンス様式であろうか。強引なこじつけをすると、南フランスは成文法地帯ということになっており、土地柄もありローマ法の伝統が強い。だから建築もまたローマ風にしなければならない道理はありませんが。監獄はイタリアのパラッツォ建築のプロポーションを変化させたもののように見える。

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 監獄はやがて1998年に改築され、破棄院(Palais Monclarと名づけられた)となった。もともと監獄であったので、外部にたいしては閉鎖的であった。したがって採光は中庭からであり、中庭に面するルーバーが印象的である。これなどは今風にいえば建築遺産の再利用などということになるかもしれませんが、そうではありません。中世以来ずっと司法関係の施設であることを考えると、これは文化財でも遺産でもなんでもなく、裁判所が姿形を変化させながら、ちからづよく生き続けているのである。

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 ところで話題かわって上座裁判所(Présidial)について説明してみよう。フランス版ウィキペディアによれば・・・。

 まず1551年、アンリ2世が王令により上座裁判所(Présidial、プレジディアル)を設立した。フランスの三審制がここに始まったといえるのではないか。下級審としてバイイヤージュ、セネショセがあり、控訴審としてこの上座裁判所が、さらに最上位に高等法院(パルルマン)がある。

 1551年の王令により、60の上座裁判所が設立されたが、そのうちの32はパリ高等法院から分かれたものであった。ルイ14世時代に国王側からの改革としてこの上座裁判所制度を廃止しようという動きがあったことがわかっている。1764年には全国に100の上座裁判所があった。民事、刑事どとらも扱った。

 1790年、旧制度のひとつであったので、廃止された。

 ・・・というわけでほとんどわからない。どんな社会階層の利害を代表していたかもわからない。滝沢正先生のご著書にもまったく解説なし。中規模問題をあつかう高等法院というようなものなのであろうか。もちろん王権と戦う主体などではなっかたのであろう。

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