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2008.02.26

フランスの裁判所(4)レンヌの上座裁判所

 こういうマニアックなことにはまってしまうのは危険なのだが。2カ月のブランクのおかげで自由な発想がふつふつ、というハイな状態はまだである。とりあえず調べごとということで・・・。

 フランスの地方の公共建築はいかなる運命であったかという命題である。それが古典主義が展開される舞台であった。結論としては控えめでけなげ。現在では歴史的建造物に指定されているものが、そうだという理由は・・・。

 GN先生のご説明によれば、上座裁判所(Présidial)は1551年に創設された。些細なことかもしれないが、『小学館ロベール仏和大辞典』によれば1552年設立である。すでにのべたように、これらは主要なバイイ裁判所(初審)にもうけられた控訴審(ゆえに上座)のための裁判所であった。

 上座裁判所の構成員である。まずセネシャル部長評定官(Sénéchal-président)。評定官(conseiller)が7名。王の弁護士。書記官。彼らは司法を管理し、訴訟にかんするあらゆることを知っていることになっていた。彼らの判決は最終判決であった。とはいえ最重要の訴訟ではなかった。

 ブルターニュには4カ所に上座裁判所が設置された。レンヌ、ナント、ヴァンヴ、カンペールである。初審であるセネシャル裁判所から最終の高等法院までにあげられる訴訟の数を中間段階でなるだけ減そうというものであった。

 まずどの建物に入居するかは、当時としては迅速に検討された。1556年10月30日、高等法院は「レンヌ市の上座裁判所の訴訟遂行にとってどこが適切かを調べる任をうけた、法廷の評定官ふたりのによるレポートにもとづいて、裁判所の法廷は、別の定めがおりるまでは市の共通の建物maison communeにおかれるであろう」と決めた。

 要するに市庁舎(に相当する建物)のなかに間借りしようというのであった。しかし市庁舎は手狭であった。なのでレアール通り、現在のラリエ=デュ=バティ小路にあった監獄に隣接する建物のなかにはいった。この建物は1720年の大火で焼失した。ということはここに150年ほどいたわけだ。

 大火後の仮住まい。モンバロ邸(あるいはブリサック邸)に上座裁判所はあった。これはファンヌリFannerie通りにあった。すなわち現在の市庁舎通りとブリラク通りがなす北西コーナー部分。ここには40年ほどの仮住まいであった。

 結局、ガブリエルが建設した新しい「市庁舎+時計塔+上座裁判所」の複合建築にはいったのが1762年。しかし革命でこの上座裁判所の制度そのものがなくなってしまう。ここには30年もいなかった。

 ただ面白いのは、1556年、上座裁判所は市と建物を共有するということがすでに決められていたことだ。その決まりに従うことは困難であった。まず市庁舎そのものがまともに完成されなかった。さらには大火でそれどころではなくなってしまう。結局、復興事業のひとつとしてガブリエルが建設することで、市庁舎と上座裁判所は同じ屋根のしたにはいることができた。待つこと、ほぼ200年である。いちど決まったことは変えないという、ことである。持続力が強かった、保守的であった、権威主義的であったということでもある。ただひとつの意志がつよく継続される社会であったといえる。

 200年待たされ、30年間それ本来の使い方をすることで空間と機能を一致させたと思ったら、そののち200年は機能が変わってしまう。

 にもかかわらず建築が建築として存在するのは、フレキシビリティということで未来を予測するのでもなく、文化財という名目で過去を引きずるのでもなく、「永遠」をどこかで信じているからなのだろう。

 17世紀ととくに18世紀の古典主義の建築をみていると、その本来の役割を果たしていたのはごく短い期間であった。第二の人生がはるかに長い。ぎゃくにいえば汎用性がある建築であったということ。19世紀におけるゴシック建築の熱狂的な再評価に比べれば、それほど評価もされずむしろ冷遇されているが、けなげにがんばっている。古典主義の実像はそんなところだろうか。ヴェルサイユ宮やルーヴル宮は別にして。

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