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2008.02.17

東方旅行(040)1988年1月8日(金)テーベにて(1)

 1988年1月8日はルクソールを拠点にしてテーベ見学。駅のすぐ前のAmonホテルは一泊4£。レンタル自転車は一日2.5£。連絡船でナイル川を渡ったような。

 テーベのランドスケープははっきりしている。地図をみると、植物が育つボーダーが、破線で書いている。だいたいのラインであろうと思っていた。現地にいくと、まさに地図のとおり、植物が生育できる地帯と、不毛の土地は、まさに一線で隔てられている。グレーな中間地帯はない。生か死か。豊饒か不毛か。厳格な二者択一である。下の地図にはその生育ゾーンを緑で示した。そこではサトウキビが育てられていた。そして豊饒/不毛のボーダー上には、葬祭神殿がならんでいた。王家の谷などの、純粋な埋葬空間は不毛の土地の奥深くある。やがて葬祭神殿から墓が分離し、谷にこもってゆくのもわかるランドスケープである。

Thebes

(1)メムノンの巨像。これはアメンホテップ3世の葬祭神殿の入り口を示すもの。フツー。

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(2)メディネト・ハブにあるラムセス3世の葬祭神殿。BC1197-116。オシリス柱、開花型の柱頭。天井の彩色。セティ1世、ラムセス2世(ラムセウム)とともに南北に並んでいる(上に地図では赤のグリグリでマークしてある)。神殿を中心とする巨大複合施設であって、倉庫、宮殿、神官と労働者の居住区などからなっていた。多くの捕虜も収容されていた。テーベの広大なネクロポリスを管理する中枢のような機能を果たしていた。神殿としては、多柱室、聖舟室、アモン神至聖所がある。最後の部屋の左右には、ムート神、コンス神の祭室があった。

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(3)デル・エル=メディーナの集落。トトメス1世(BC1505-1493)が建設した職人の町であった。最盛期には人口400人。一戸の敷地は間口5メートル、奥行き15メートル。平屋。墓は、彩色がよく残っている。プトレマイオス朝時代の神殿。入り口は石造。そのほかの部分は土造。とくにおもしろくない。住戸は、断面が特徴的で、中央に柱のある居間は、ほかの部屋より天井が高く、高窓から通風と採光ができた。

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(4)ラムセウム。ファラオのなかでもとくに著名なラムセス2世の葬祭神殿。かなり破損している。しかし4体のオシリス柱が印象的である。居住部分は、土造のヴォールト天井であった。斜めに積んでいる。

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(5)デル=エル・バハリ

 ハトシェプスト女王葬祭殿。BC1490-1466年。右側の神殿の、下の部分のみ入れる。上の中庭には入れなかった。女性の頭をかたどった柱頭。ドリス式のようなコラム。修復状態はよくない。20年前、神殿は修復中であった。女王の父トトメス1世は、墓と葬祭神殿をべつべつに建設することを考え、建築家イネニに墓の採掘を担当させ、まったく秘密裏に墓を掘らせたとされる。ファラオたちは同じ谷につぎつぎと自分の墓を掘った。そこはそののち「王家の谷」と呼ばれるようになった。女王は、葬祭神殿を建築家センムートSenmut(女王の家庭教師であった)とトゥティThutiyに建設させ、墓はアプセネブに掘らせた。神殿は上下3層のテラスからなり、墓も複数の部屋からなる。さまざまな神が祭られているが、中心となるのはアメン=ラーである。・・・墓の機能を分離したこの葬祭神殿は、それまでのものとまったく異なるデザインとなっている。背景の山と一体となっているが、この山こそがその背後にある王家の谷を隠しているのだから、山や谷といった地形全体を神聖なものとして指し示しているかのようである。

 メントゥホテップ神殿は保存状態よくない。違う色の石をつかっており、まったくそぐわない。失望。

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(6)セティ1世(BC1291-1278)の神殿。どの文面をあたってもあまり詳しく紹介されていない。じっさい保存状態は悪い。しかし簡素でミニマリスム的である。

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