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2007.11.25

『海辺のカフカ』を建築論として

【1】ふたつの物語り

 ぼくは小説をほとんど読まない。しかし書評は読むことがある。村上春樹の小説が、違うふたつの物語の同時並行や、わずかな交差でできている、という紹介にはつねづね興味をもっていた。ひとつの物語は必然の連鎖としてしか描けない。しかしふたつ以上の物語は、不意な出会いと事件をもたらすのであり、それは「必然」と対概念となるべき「偶然」であるように思えた。たしかカッシーラーだったと思うが(大昔の読書なので記憶があやしい)偶然と必然は、見るものの位置に依存する見え方にすぎない、というようなことを書いてたらしい、というようなことをぼんやり思い出した。必然と偶然は違う。しかし相互補完的でもある。

 『海辺のカフカ』は、おもに主人公の田村カフカの家出逃避行と、ナカタさんの殺人逃避行とのあいだを往復するように進行する。それが交差するのは現実においては、ナカタさんがカフカを捨てた母親サエキさんと会ってかみ合わない会話をすることだけだ。しかし象徴的には「入り口の石」を開閉して、別の物語にいるカフカの彼岸への浸入とそこからの帰還を助けるのである。それはほとんど偶然なのだが、それが必然のように書かれている、そのことで現実の世界のありようが描かれている。

【2】パラレル・ジャパン

 ふたつの物語の同時進行という書き方は、きわめて建築的だと思う。ぼくは建築を専門としているから、自分の考え方や癖はそもそも建築的にすぎないといつも短絡する。

 とても手前味噌なことで恐縮なのだが、2年前、三宅理一さんから呼ばれて日本現代建築の海外巡回展を企画することに参加した。じつは10年前にも馬場さんに呼ばれて参加したので二度目ではある。今回は、そのコンセプトをつくるために、1995年から2005年までの日本建築をああだこうだと議論しているうちに、失われた10年というよね、じゃあ現実の日本のほかに、そのかたわらに可能性としての日本があったんだ、ということで「パラレル・ジャパン」というコンセプトができた。現実に作品を選んだりペアのプレゼを考えたりしていると、パラレルはいわゆるパラレル・ワールドではなく単なる比較になったりもした。しかしパラレルとは現実の傍らにある、可能性、失敗、挫折、成立しなかった夢やプロジェクト、を語りうるものになったと思っている。

【3】オイディプス神話

 『海辺のカフカ』はオイディプス神話の形をかりている。15歳の少年こと田村カフカは、家出したなかでナカタさんによって父を殺してもらい、松山で実母であろうサエキさんと交わり、やはり実姉であろうさくらと夢のなかで交わる。登場人物たちは教養あふれる人びとであり、もちろんこの神話をしっている。物語はあたかもそれを意図的になぞるように進行する。

【4】「父を刺し、母を犯せ」

 オイディプス神話をつかって建築批評を書いたのが40年以上まえの磯崎新であった。当時のいわゆる住宅作家たちが、幸せな家庭像や家族像を描きながら、いわゆる小市民的な発想に陥っていたのをみて、彼はフラストレーションを感じていたのだ。その批評は「父を刺し、母を犯せ」で終わっていた。1960年代は、オイディプスの父殺しの時代であったのだ。

 ぼくは新建築誌の片隅に書かれたこのエッセイの結語をよく憶えていた。だから1990年代に磯崎論を書くなかでこの神話をこんどは磯崎さん自身に適用してみた。つまり磯崎さんにとって父=建築、母=日本でしょう、ということを書いた。彼はぼくの指摘を何回も引用しているので、図星かどうかはしらないが、かなり気にしていたようだ。自分でも気がつかなかったものを引き出した、とも書いていた。ぼくにとっては最大級の誉めことばであった。

 しかし神話は構造をもっている。この構造はさまざまな状況に当てはめることができ、普遍的であるとともに、本来はまったく無関係でもかまわない状況や、事態をさも関係があるがごとく再構築してしまう。つまり磯崎さんがオイディプス神話によって住宅作家を批判した。それと同型で、こんどは、ぼくが同じ神話で磯崎さんを批判する。すると因果は巡って、こんどはぼく自身のオイディプス・コンプレクスもどきが浮上する。ぼくはそんな批評を書いてしまったことで、イソザキ・コンプレクスに呪われてしまったのではないか。実際ぼくは、数年のあいだ批評を書くことにまったく興味を失っていたし、そればかりか、他人が書く批評もまったく面白くなくなっていた。

【5】幽霊、生き霊、亡霊

 しかし田村カフカはたんに父を刺し、母を犯すことで、成長した、というオイディプス神話の基本構造に還元することそのものは、この小説の意味ではない。意味をもつのが、カフカがコミュニケーションをとる媒体が、夢、幽霊、亡霊、生き霊、パラレルワールドである、ということだ。カフカは、実母であるかもしれない50歳のサエキさんを愛するまえに、15歳にもどって自分の恋人の肖像に会いに来るサエキさんの生き霊を愛し、さらに生き霊であるサエキさんがまだ愛しつづける恋人である別の少年に嫉妬する。目の前の現実の女性を愛するために、いまでは不在である35年前の少女を愛するのである。

 森のなかでの旧日本軍兵士やふたたび15歳の佐伯さんとの交流もそうであろう。この部分は、冥界めぐり、黄泉の国への旅立ち、という普遍的構造をもっている。イギリス人ならスタウアヘッドの庭園を思い出すであろう。しかしこれはオカルト話でも象徴主義の物語でもない。それはカフカのイマジネーションであろう。しかし想像が可能になるためには、今はいないはずの兵士や佐伯さんという不在者が必要であった。

 カフカは、まったく知らない場所で、ナカタさんとホシノさんが「入り口の石」をこじ開けたので冥界に入るころができ、そしてそこから生還したところでホシノサンがそれを閉めてくれた。偶然と必然のおりなす綾である。カフカにとって、ナカタさんやホシノさんは知りもしない絶対的な不在者なのである。あるいは不在そのものである。

 これらはイマジネーションの問題であり、コミュニケーションの問題である。相対的に未熟な少年が、こうした能力を獲得して成長する。それはいかにして可能か。それは不在との対話によってである。幼児の霊的能力はあまりに直裁的である。いちど現実のみを見るように教育される。しかしいったん現実主義者になって、そこから再度、霊的なものとの対話をする術をまなぶ。こうした物語の設定のためには主人公は15歳でなければならなかった。そして霊的なものとはなにか。それを抽象化していえば不在である。

【6】神を媒介として、建築を媒介として

 対話は目前のなまなましい対話者のみと交わされるのではない。それは想像上の聞き手をともなう。想像上の対話者とは、こうやってブログを書いているネットの向こう側にいる「あなた」であるとともに、過去の死んでしまった人びとでもあろうし、未来の人びとでもあろう。こうした対話者の抽象度をあげていけば、大衆だの、世論だの、世代だの、時代、人類、そして言語、理性などを上昇し、最終的には神ということになろう。

 そして建築家ならこの神のかわりに建築を置くのである。それはメタ建築である。

【7】対話

 ことばの性格上、モノローグというのはまさに言葉だけで、実際にはあり得ない形式である。言葉は聞き手や読み手をもとめる。現実にそんな人間がいなければ、夢でも、幽霊でも、死者でもねつ造するのである。『海辺のカフカ』では、カフカは「カラスと呼ばれる少年」と対話しているが、じつはカフカとはチェコ語でカラスのことなのである(ついでにここで磯崎さんが、都市破壊KKの経営者をして自分はシンでありアラタであると語らしていることを思い出してもいい)。

 村上春樹が作中人物をとおして、責任は夢のなかから生じるといったり、想像力のない連中はだめだといったりしている。以上からわかるであろう。想像力とは、不在について語ること、不在と語り合うこと、不在をとおして語ること、不在と親和的な関係をもつこと、そんなことができるということなのだ。

【8】不在の場所として

 ぼくの『海辺のカフカ』感想文は最終的には建築論なのである。ぼくの書くものはすべてそうである。1990年代のアート理論で、ドイツ由来だと曖昧に理解しているが「モニュメントから痕跡へ」というコンセプトがあった。しっかりと実在しているドーム、オベリスク、などはモニュメントである。しかし剥がされたペイヴ、かつてあった建物の輪郭を示したたんなるライン、は痕跡である。心のなかの痕跡はトラウマと呼ばれる。

 しかし実在する建築も、痕跡なのだ。ハギア=ソフィアを訪れてユスティニアヌス帝の玉座の場所を知るとしよう。アーヘン宮廷礼拝堂のシャルルマーニュでもいいかもしれない。立派な建物でも、すでに痕跡なのだ。そして痕跡がしめすのは不在ということである。建築は不在の場所を指し示すことにある。その意味で、建築はイマジネーションをもって理解されるべき典型的なものなのだ。

 かつて長谷川堯が豊多摩監獄について美しい文章を書いていた。囚人たちは自分たちを閉じこめる監獄を建設するのだ。わたしたちが自分たちを閉じこめる都市を建設するように。いやその逆だったかもしれない。わたしたちは都市を建設し、そのなかに自分たちを幽閉するのだ。あたかも囚人たちが、自分たちに科せられた罰の一部として、監獄を建設し、そしてそのなかで身体を拘束されるように。

 ぼくならそれをすこし言い換えよう。いや長谷川が言及しなかったのは、拘束、閉じこめられること、の事後である。

 建築とは、不在の場所を不可避的につくってゆくことである。建物が建てられるのは人間に適応しようとしてである。しかし建設は、固定でもある。人は変わり、いなくなる。人はやがて不在になるために存在する。存在し、その痕跡をのこすことで、こんどは不在=無となる。建設はふたたびなされても、それも固定である。その固定の場所は不可避的に不在の場所である。不在であるからせめてイマジネーションで埋めようとする。機能と空間が充足しあうのは一時にすぎない。空間は繰り返しカラになる。最終的にはやはりカラになる。しかしこのカラは埋めることができる。ぼくたちの生活は、移動し、部屋に入り、住むことで、なにかをすることで、そのたびに不在の場所を埋めている。シジフォスの神話である。

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コメント

建築は偶然的なイマジネーションの連鎖からなるのだと、ぼくは思います。しかし、現実的に建築を評価する場合のほとんどは「生の建築」とはほど遠い次元で語られることがしばしばです。それが現代性といってしまえば仕方ないのでしょうが、やはりぼくは、父を殺し、母を犯したいし、コルビュジェより、ライトの建築に興味をそそられるようです。しかし、偶然を必然化しようと試みた、ノンベルグ・シュルツの実存的空間論が実際の批評として語られることはまだまだ先のようです。

投稿: mako | 2007.11.26 12:12

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