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2007.11.19

スフローさんのこと

 木曜日(11月16日)に行きそこねたパンテオンに、金曜日にいった。この建物はフランスにおける新古典主義の傑作とされる。

 しかしなにより、設計者スフローがここに祀られているのである。

 今さら書くことではないが、ルイ15世快癒感謝のたために旧サント=ジュヌヴィエーヴ教会をスフローが再建したものである。フランス革命のときに教会堂であることが禁止され、フランス革命の英雄を祀る神殿となり、それから歴史上の偉人を祀る神殿となって、今日に至っている。その間、政体によってキリスト教会に戻されたり、非宗教の神殿にされたり、政教条約と政教分離のあいだの揺れをそのまま体現している。

 壁画はその揺れをもっとも能弁に語っている。シャバンヌなどの第三共和制のものが大きな壁を占めている。そのサンボリズム的雰囲気が、新古典主義的な空間のなかで、むしろ違和感がないのが、ああそうか、と思わせた。非宗教の宗教なのである。

 というわけでパンテオンはフランス偉人の霊廟である。地下のカタコンブに埋葬されている。ルソーのフリー=メイソン的墓標から、ユゴー、アンドレ・マルロなどをとくに拝見した。歴史的記念物のことを最近書いたからでもある。

  王たちはサン=ドニに祀られている。無名兵士は凱旋門。偉人はこのパンテオン。そのほかペール=ラシェーズ、モンマルトルの墓地には著名人が祀られる。墓地の歴史を調べたことがあるが、中世からは王や貴族のみが墓碑をもち、一時期は日本の両墓制に近いやり方もされた。しかしそれ以外は、死ねば無名の生命に戻るのである。それが一般人の死というものである。死者になっても名前が存続するのは、近代家族イデオロギーの成立からである。家族が成立するためには、家系が連続しなければならず、そのためには死んで無名に戻られたら困るのである。

 だから革命時に革命家や偉人がパンテオンに祀られるというのは、王制の真似のようなところもある。革命は宗教を否定したというが、実際は、宗教というよりキリスト教を否定したのであり、実際、べつのかたちの宗教性を求めている。それが偉人崇拝であり、またフリー=メイソン云々が言及されるゆえんである。

 ところでフランス建築史のなかでどの建築家がいちばん偉くて幸せだったか。緒論あるであろう。理論を構築し、長期の影響力を行使しているということではヴイオレ=ル=デュクとル・コルビュジエであろう。しかしひょっとしたら1000年はもつかもしれない記念碑を建設したという点では、ペロー、ガルニエ、その他、そしてこのスフローであろう。

 建築関係者のなかでもスフローがまさにこの地下墓地に埋葬されていることを知っているお方は少ないのではないか。建築家でありながあら、フランス偉人の霊廟に祀られる!それはもはや世俗的成功とはいえない、たいへんなことである。

 それほどスフローが評価されたということなのか、パンテオンを設計した建築家だからというのか、じつは調べていない。王の快癒を神に感謝する教会堂の設計者だから、政治的立場を考えれば、じつは奇妙なことでもある。

 だから建築家にとっては、ル・コルビュジエ財団のようなものは例外として、シャイオ宮に模型や資料が残るのがもっとも名誉あることである。しかしそれさえ及ばないのが、パンテオンに祀られたスフローである。

 つまり建築家にとっての究極的な選択。情報(アーカイブなど)を残すか?、実体(正真正銘のモニュメント)を残すか?・・・そして近代建築の不幸。ル・コルビュジエでさえ、実体が情報に服従しているように見えてしまう。

 ・・・などと考えをめぐらしながら、複雑な思いで、ぼくはスフローさんの墓標のまえで立ちすくんでいたのであった。

 さて金曜の夜と土曜の朝は帰国の準備であった。日課のプール・リハビリはもちろん欠かさないが、冷蔵庫内の残飯処理、最後の炊事、シーツの洗濯、掃除、ゴミ捨て、大家と挨拶、すべてやるので感傷どころではない。

 パリに行くよりも、脱出がよっぽどむつかしい。前回は、タクシーがみつからず、絶望的な気持ちになった。すると宿の下にあるレストランの女将が気をつかってくれて、従業員の車で送ってくれた。あとでわかったことだが、タクシー運転手のストライキであったらしい。そんなにあることではない。

 今回も、予約したシャトル・タクシーは15分すぎても来なかったので、ぼくはさもありなんとして平然とタクシー乗り場にゆき、すぐ見つけることができた。運転手はアラブ系のお兄さん。衛星テレビの映りはすばらしく、最初はDVDと思ってしまった。普通はこうじゃないよ、カスタマイズしたんだぞ、と自慢げであった。

 世間話ははずんだ。「日本で建築教えてるのか。教師と建築家とは違うのか。建築家ってえ、現場で偉そうにちょっと指示して、それでがっぽり金稼ぎやがって、なんでえあれ(べつに江戸っ子ではなかったが建設現場でガテンしていたのかな)」「いやアシスタントは給料安くて生活たいへんなんだよ」「そうかい」「建築家にもクラスがあるんだよ」「クラスというかカテゴリーだな」「そうカテゴリー」。スフローさんは現場ではどうだったのだろうか。・・・そのほか仕事、身の上、パリジャンの週末(金曜日に出発、別荘などで2泊し、日曜の夜に戻ってくる)、ぼくのブルターニュ自動車旅行、日仏スイスの高速道路の比較、空港のセキュリティ(いたずらを含めテロもどきはけっこう多いらしく、不審物を小爆破させることがあるらしい)などで、空港まで退屈しなかった。

 ・・・というわけで帰国できた。いまから出勤である。

 

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