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2007.11.24

東方旅行(037)1988年1月5日(火)カイロからアスワンへ

 1988年1月5日は火曜日であった。移動日でもあった。

 アスワン行きの列車はなかなか清潔であった。2等自由席はみんな紳士的に席を譲り合っていた。ぼくは予約をとっていたので、本当によかった。

 沿線の民家は、藁と土でできた素朴なものであった。たまにRCの軸組にレンガを充填したものが見られた。豊かである。

 ・・・などと反語的表現はやめよう。率直にいえば、どういうわけか異国にありて安心していられた。旅慣れたせでもあるが、やはりエジプト人の気質であろう。これはもちろん偏見であるのだが、栄光の過去がある民族は、態度も立派である、と感じた。道を尋ねても、必要なことを指摘してすぐこちらを解放してくれる。

 アスワンには4時15分着。宿はRosewan Hotelであった。このホテルではツアーを提供している。たとえばアスワン→コム・オンボ→エドフ→エスナ→ルクソールで60£である。

 ・・・エジプトというのはぼくにとって鬼門であって、どうしても関心のボルテージがあがらないのである。ルネサンス以来の古代人の英知というイメージ、たとえばヘルメス・トリスメギストゥス、新プラトン主義におけるヘルメス哲学の重要性、新古典主義における崇高の体現、影の建築、埋没する建築、死の建築としてヨーロッパの対局として位置づけられたこと、モーツァルトの魔笛にもフリーメイソンの着想があること、パリにもエジプト風モニュメントがたくさんあること・・・・などと、西洋建築を研究対象として選んだ者としては避けて通れないものなのだが、古代エジプト建築をまえにしてなかなか体温が上昇しない。

 ピラミッドと迷宮という対比があるように、エジプト建築は、建築のいっぽうの極である。極であるいじょう、それには達しないほうがよい漸近線なのであろうか。いずれにせよそれになじめないことこそが自己分析の出発点であろう。というわけで苦行がこれから続くのである。

 

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