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2007.10.18

パリの建築・遺産都市のオープニング

 フランス2のサイトで、パリの「建築・遺産都市」のオープニングが紹介されていた。建築ミュージアムである。記事にあるように、伝統(文化遺産)と現代(近現代建築)が区別されることなく一体のものとして展示されている。アーカイブとしても充実しており、一般人も楽しめるが、研究者にとっても利用価値が高い。

 記事では、シャイヨ宮の中世建築コレクションの生みの親ヴィオレ=ル=デュクに敬意を表して彼の講話から始められているが、しかし実際は、フランス革命直後にレクサンドル・ルノワールが創設した建築博物館が最初と考えるべきである。

 つい最近まで、エコ・ミュゼのような文化の生態系そのものを展示しようというもの、あるいはサイトスペシフィックな展示が重要とされてきた。しかし文化財とは良くも悪くも、略奪的であり、コレクションによってそれを守ってゆくことは、無理を承知のことである。日本の場合、学会で建築アーカイブが検討され研究されていて、意識の高い研究者もいるが、残念ながらそれは一部で、ことに近現代建築資料がきわめて重要であるのに、それを収集しようということはなされにくい状況である。おそらく浮世絵の繰り返しとなるのだそうである。

 建物は1930年代に建設された復古調のもので、新古典主義リバイバルと位置づけることができる。ペールらの旧ボザール的造形が、1930年代の国家的偉容を求める空気の中で、復活されたのである。ただし政治体制ゆえに国粋主義的とはされない。

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【抄訳】

 ピエール・マニャン氏の執筆である。

 この新しいミュージアムは土曜日にオープンした。シャイヨ宮の一翼をしめる。「すべての人びとのための建築学校」なするため、文化遺産と現代建築、常設展と企画展をわけへだてしない。三部構成である。フランス記念碑博物館、フランス建築協会、教育センター。

生みの苦しみ

 建築・遺産都市ができるのは容易なことではなかった。文化遺産と現代建築が共存するのは困難であった。13年間、葛藤と議論が続いた。

文化相クリスティーヌ・アルバネルは語る「ヴィオレ=ル=デュクが、フランス中世彫刻の傑作の常設展について報告書を書いた一年後の1879年10月29日、公教育大臣ジュール・フェリーは『フランス美術のためのモニュメント』を創造することに政府が取り組むことをたからかに宣言した」。

 ヴィオレ=ル=デュクの理念とジュール・フェリーの政治的意志から生まれた旧フランス記念碑博物館の、その敷地に、建築の理解を深めさせるパリの場所ができたのである。「とりわけ過去を振興するこの大プロジェクトと、現代建築のそれがひとつになったことが喜ばしい」とリスティーヌ・アルバネルは付け加える。建築・遺産都市は文化遺産のこれまでのコレクションに、フランス建築協会のノウハウと資料を追加する。

 「ミュージアムのプログラムとして期待することは、それぞれの人がその知識におうじて、自分の文化を豊かにする喜びと材料をここでみつけることだ。まさに万人のための建築学校、素人からプロまで。建築・遺産都市はその期待に応えよう。専門家のみならず、大衆がひろい建築文化に接することができるようにする」と建築・遺産都市のパンフには書かれている。

 きっかけは文化相ジャック・トゥボンの1994年のレポートであった。シャイオでほそぼそと生息していた記念碑博物館を近代化する。2002年、文化省で文化遺産と建築が一体となり、フランス建築協会も参加したので、文化遺産と建築の結婚というこのコンセプトが可能となった。

 産業的商業的な性格の建築・遺産都市公団が創設された。総裁はフワンソワ・ド・マジエールである。2004年、ミュージアムの設立が決定された。

建築・遺産都市は三部構成

「フランス記念碑博物館は12世紀から21世紀の8世紀間の財宝を納めている」というのがミュージアムのねらいである。

 3ギャラリーで、8000㎡、新しい展示法の空間が、建築家ジャン・フランソワ・ボダンの指揮のもとにできた。

 展示のコアをなしているのは「記念碑」ではなく建築である。3ギャラリー(鋳造ギャラリー、絵画ギャラリー、近現代建築ギャラリー)は12世紀から今日までのフランス建築に目を開かせ、美的、機能的、技術的、空間的、社会的、都市的なというあらゆる次元において新しい視点を提供する。

 展示法の工夫によって、作品の見方、建物の構想と建設法の条件、あるいは歴史と社会との関係、がはっきりする。多様なサインや情報提供の工夫で、時代ごとあるいはテーマごとに各ギャラリーを見れるようになっている。

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鋳造コレクションにはポルタイユ、タンパン、建築模型、木造木組み・・・・

壁画ギャラリーは壁画のコピー・・・

近現代建築ギャラリー(GAMC)は、模型、写真、・・・原寸大模型(マルセイユのユニテ)・・・。1851年の水晶宮、1853年のオスマン男爵のセーヌ県知事就任、・・・。シャイヨ宮の3階にあるこのGAMCは1200㎡を閉め、ロンドンとパリの建築に重点をあてている・・・・。「建築と社会」と「構想と建設」というふたつのセクション・・・・

IFA(フランス建築協会)

1980年に設立されたIFAは、展覧会やシンポジウムを企画するとともに、アーカイブの充実を目的としていた。いまや建築・遺産都市の一部門となった。展覧会の素材として(1)国際的な評価がさだまった建築家のモノグラフ、(2)建築文化のテーマ、(3)20世紀の重要人物の回顧展、がある。

シャイヨ宮

シャイヨ宮は1930年代に何度かのコンペを経て、カルリュ、ボワロ、アゼマのチームによる計画が確定し、建設された。

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