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2007.10.11

東方旅行(034)1988年1月2日(土)ギゼ

 1988年1月2日(土)はギゼでピラミッド見学であった。

 エジプトに来ればピラミッドを見なければならない。とはいっても当たり前すぎて、なぜそうなのかは考えたこともない。吉村作治がマスコミ・ブレークをする直前であった。ピラミッド/迷宮が建築的二元論であるとか、フランス新古典主義の時代に、死の建築、埋没する建築の表象であったりとか、建築史や建築論においては観念論の一極を代表する存在である。しかし・・・・

 【移動】Taharir Sq.→ Gizheh; bus 83 50L。Gizheh→ Sakkara: taxi(3人でシェア) 10L。Sakkara→ Cairo: taxi(7人!でシェア) 5L。

 到着した時刻では、まだ霧がかかっていて見えなかった。チュニスからの飛行機のなかで顔を憶えていたヨーロピアンがちかくにいたので「やあこんにちは、なにも見えないね」「そうだね」と会話のための会話をする。

 【暴言】ピラミッド。面白くない。巨石を積み上げることは奇跡的だが、それ自体は建築ではない。失望。メンカウラーのものは見ず。スフィンクスは思ったより小さい。
サッカラ。階段状ピラミッドのほうがより人工的、建築的である。自然とより対比的である。Ti..のマスタバのレリーフがすばらしい。セラペウム。地下墓地。多くの墓。

 【後学】日本人としてビラミッド初登頂したのは池田使節団であった。最初の登頂記をものしたのは志賀重昴なのだそうだ。1911年とのこと。ところが頂上からの風景がどんなであったかはあまり書いていなくて、ひたすら途中の現地人との交流や、頂上でのアメリカ人とのやりとりに集中している。「ブラボーアメリカ」「ブラボージャパン」とエールの交換をしたのだそうな。お上りさんである。また1976年に、カイロ大学に5年間留学した仕上げの卒業記念に、制止するポリスをアラブ式交渉術でねじ伏せ、ピラミッド登頂した日本女性がいたという。小池百合子である。たくましい。

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クフ王のピラミッド。

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カフラ王のピラミッド。

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