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2007.09.25

【書評】磯崎新+浅田彰監修『Anything 建築と物質/ものをめぐる諸問題』NTT出版、2007/存在証明か不在証明(アリバイ)なのか?

 1990年から10年つづいたany会議の最後を飾った2000年の「anything」会議の議事録(の翻訳)である。すこし時間がたって、しかも地理的にも社会的にも遠い視点から眺めてみると、この例外的に密度の濃い活発な連続会議はやはり1990年代の特殊性を反映したものであろう。それは20世紀の最後を飾るともいえないし、21世紀を予感していたというようにも、個人的には思えない。

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 長い19世紀と短い20世紀など、時代のくくり方はいろいろだが、1990年代は不思議な時代で、冷戦構造が終わった後でありつつ、911の前というように、どの大きな時代にも完全には内包されない、バッファーゾーンのような、非武装地帯のような時期だったのかもしれない。グローバル化がすでに日程上にあり、市場原理の社会が到来するとされつつ、それでも批評などというものがまだ有効であるという幻想があった。

 会議は哲学と建築の対話でありながら、個人個人のリアルなプロジェクトや建築の解説であったりする。建築の位置づけ方においてレムとピーターは対比的である。レム・コールハースはYES体制のなかで建築は特権的にものではなくなり、その空間はジャンク・スペースとなり、建築家の仕事はリサーチそのものとなりながら、この体制がいつか根本的に覆るものであることを承知している。ピーター・アインゼンマンはコールハースに批判的であり、建築は政治的経済的文脈から切断しようという意志によって建築は批判的でありうると主張する。いっぽうジャン・ヌーヴェルは、形態ではなく戦術にオブセッションをいだく診断中毒者であることを告白し、建築は映像文化である(ポンピドゥ・センターで開催されたヌーヴェル展がその好例)という。

 ITによって物質性が変容するというのは共有された視点であった。石山修武はリアルな建築がコンピュータのもたらすヴァーチャルなものにより崩壊しながら、そのITそのもののなかに建築を見いだそうとする。ベアトリス・コロミーナはイームズ夫妻が先駆的に取り組んだマルチスクリーン技術が、当時のアメリカの世界戦略にそうものであり、今日のIT社会の先取りであることを論じている。アンソニー・ヴィドラーは、生物学的なものが建築のモデルであるという息の長い構図をもちだし、デジタル技術におけるアニミズム、情動、人間という主体にかんする不安などをとおして人間的なものが要請される構図を素描している。

 物の哲学的定義に遡及して再構築しようという人びともいた。イグナス・デ・ソラ=モラレスは襞とミニマリスムを論じている。ユベール・ダミッシュは、建築とはなにかという問いを建築とは何でないかという別の問いからはじめているが、それにしてもanyの概念が未決定性であり、それがプロジェクトのための言葉だとしたら読者ははぐらかされているだけだ。磯崎新+浅田彰は、モノは形相と質料という二元論の構造を外部から支え、それらを生み出すのであり、プラトンのいうコーラであるとする。柄谷行人は、物とは他者であるといい、any会議における自分がそうであると指摘しつつ、カントの『判断力批判』に言及して、関心を括弧にくくることが美的判断であるが、その括弧をはずすことも重要であることを指摘している。

 いずれも移行期における議論である、というのがぼくの印象である。

  「<anything>への手紙」のなかでコーエンがCIAMやUIAとの比較を試みていたが、ぼくなりにCIAMと対比してみよう。主催者のひとりがル・コルビュジエであったこと以上に、1928年に開始されたことのほうが歴史的には重要であろう。つまり世界恐慌によって、建築のつくりかたが一変してしまった。建材の価格が高騰したばかりではない。民間クライアント、そして地方自治体クライアントが相対的に没落し、国家レベルでの政策が重要になってくる。住宅供給、都市計画、そして防空計画などである。そこでは国家という主体による普遍的な「政策」が確立された。CIAMが機能的都市計画やミニマムハウジングや団地計画などを具体的かつ強固に立案できたのは、それらに対するカウンター政策としてであった。いいかえればCIAMはシャドー・キャビネットとして代替政策案をつぎつぎに策定していった。この運動の存在感と情報発信力の根源はそこであった。

 しかしany会議はそもそも当事者が決定不可能性から出発しているように、グローバル資本主義の支配のなかで、対抗軸になろうとも、対抗する相手がいないのである。国家はもはや確固たる「政策」を立案しようとはしないので、建築家は代替案をつくりようがない。世界を浮遊するキャピタルがつぎなる投資先を求めてさまよい、いいプロジェクトがあればそこに集中する。公的セクターは小さくなり、民間セクターが中心となるが、そこでの評価軸にはもはや公共性の構図は適用されない。こうした状況のもとでは、建築家の主張は、いわゆる自己評価にきわめて近いものとなる。決定不可能性、つまりあらかじめ基準が与えられていないのであれば、自分で評価基準を設定し、自分でチェックし、自分で点数をつけてゆくのである。哲学との対話は、建築家が自分で選んだ評価基準ということになろう。そういう意味では質量ともCIAMを圧倒しながら、歴史としてどちらが残るかというと、いまのところ判断は難しくないと思われる。

 コールハースが指摘するように体制などすぐ替わってしまうものなら、彼らがその先を考えているほうがむしろ健全である。Any会議における、内容の濃さとは対比的な、全体としての歯切れの悪さは、建築家たちがこの後世どう評価されるかわからない時代にあって、存在証明と不在証明(アリバイ)を同時におこなっているからなのであろう、というのがぼくなりの解釈である。

 たとえばコールハースはYES体制をはっきりと前提とすることは存在証明であるが、それが保留付のシニカルな態度でなされるのはアリバイ伏線であると受け止められるし、アインゼンマンもまた建築の自律性をもとめるのは不在証明でありながら、もちろん全否定ではない。

 こうしたグローバル資本主義の状況は過去のどの時代に類似しているのか? フランスでいえば18世紀後半であろう。7年戦争が終わってイギリスとの通商関係が再開され、資本が不動産に投資されるようになった。投機の時代であった。しかしそれが革命によって、イデオロギー的にも経済的にも逆転する。こうした激変のなかで、バブリーな時代にすでに流行作家であったルドゥなどは、革命後、それまでの自分のプロジェクトを脚色しほとんどつくりかえて、いかに自分が革命的な建築家であったかを演出する。つまりアリバイ工作をするのであった。

 こうした状況はいつまで続くのか?ぼくにわかるはずがない。ただ冷戦は半世紀ちかく続いたので、それと比較できるような長さなのかもしれない。そしてアリバイ工作などと書くと悪い意味にとられがちだが、そうではなくて、先の先になって自分がどう評価されるか、歴史的にどう位置づけられるかに意識がゆくのは、やはり建築家であるゆえんなのだ。

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