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2007.09.22

【書評】八束はじめ『思想史的連関におけるル・コルビュジエ---一九三〇年台を中心に10』10+1, no.47, 2007, pp.176-192

 連載の途中の回だけの読解なので全体を見ていないが、アルジェについて(東方旅行020~)書いたあとで、そのアルジェにおける近代都市計画にふれた八束論文にたまたま目にとまったので、理解を深めるよい機会とさせていただいた。

 内容は表題からあるように、アルジェ都市計画をめぐるプロスト、ル・コルビュジエ、CIAM、TEAM Xなどの思想とプロジェクトの展開である。ぼくなりの位置づけとしては『思想としての日本近代建築』(岩波書店2005)と同じ視点からかかれている著作である。すなわちエリート=前衛である建築家たちがその近代主義をいかに展開したかを、賞賛と批判を公平に書き分けながら、彼らの思想的な転向問題をも含めて、書いている。おそらくこの連載はこの視点からル・コルビュジエや彼と同時代の建築家たちの思想を描こうとしている。ちなみにフランス人にとっての北アフリカは、日本人にとっての満州であって、こうしたアプローチは当を得たものであろう。1931年の植民地博(そのときの建物がパリのヴァンセンヌ門近くの太平洋植民地館である)、衛生指向の都市計画、カスバへの介入、住居計画などとしてフランス人たちが介入していったということが先行研究を丹念に読解しつつ描かれている。

 しかし彼の文章を読んでいつも感じることがある。その広範な読解をとおして学習させていただいているとともに、あるいはそれ以上に、こうした物語を描く八束本人の思想の軌跡としてどうしても読み始めてしまうというということである。

 ぼくは長い経歴の八束読者なのだが、彼が30年近くまえにヨーロッパのラショナリズム、フォルマリズム、コテククスチュアリズムの紹介でデビューした当初は、進歩的思想の移入という近代的インテリと思っていた。しかし転向論、日本近代についての論考、そして丹下健三の最後の弟子であることの自負などを知るにおよび、彼は西洋も日本もおなじ視点からきわめて一貫した変わらぬ視線で批判的に考察しつづけた人物であることを知るにいたった。

 アルジェそのものについてはコーエンのモノグラフが主著であるがそれには言及していないこと、また1930年代に的を絞っていることの不満はある。つまりアルジェは植民都市である。それは西洋がアラブを支配したということにとどまらず、植民、すなわち民を植え付けるといった直な表現のとおり、それは既存集落の傍らに建設されたヨーロッパ人によるヨーロッパ人のための都市である。それは1840年代から建設がはじまっている。つまりオスマン以前である。おそらく植民都市における新規性というものがあれば、オスマン以前にオスマン的なものが建設されたはずであったということである。それを19世紀的なものと位置づけることができる。

 つまりル・コルビュジエたちの近代主義は、カスバ=アラブ的ということのほかに、19世紀的なヨーロッパ植民都市としてのアルジェに対抗するといったことがあったはずである。そしてここが満州との違いである。もちろん八束が最後に指摘しているように、オリエンタリズムはユニラテラルであり、近代的であることの問題はそこにもあるのであろう。そのとおりであろう。しかしそのほかに国内問題、国内の対立の構図を、海外(もっとも植民地だから外国ではないのだが、歴史的にはやはり異国である)にそのままもってくることのはた迷惑でということであろう。八束が最最後にいった「バナキュラー」問題も、60年代に注目されたバナキュラー概念をいっているわけで、たんなる近代=普遍/伝統=土着という時間軸の話ではなく、西洋/非西洋という別の問題を含んでいるといっているわけである。ただそれは近代主義よりもっと普遍的な問題となるのではないか、という気もするのでわざわざ指摘したのである。

 最初の話題にもどって、読者にとって学習になること以上に、八束自身の思想が見えてくるということである。彼の同世代人がいわゆる近代批判ということでほぼ一致しているのとは違って、彼は両義的である。彼は近代主義を批判するときでも、自分が批判することに意義があるといったスタンスでそうするのであり、そこにはモダニストであることの自負が顕著である。近代主義はたとえ批判されるべきであっても、それは近代主義がさまざまなものを引き受けようとした、その重さにあるのだ、と語っているようにも感じられる。彼がもし最後のモダニストとして生き、そしてモダニストとして終わろうという決意であるなら、それはぼくの昔の予想をはるかに超えた、とても重いことであることは明らかだ。

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