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2007.08.03

ティツィアーノの《聖母マリアの神殿奉献》:パノフスキー『ティツィアーノの諸問題』とジョン・オナイアンズ『建築オーダーの意味』を比べて読んでみる。絵画としての建築、建築としての絵画。

 2006年7月ヴェネツィア。ぼくは大学のミッションで出張していた。ついでにアカデミア美術館にも立ち寄った。気になる絵画があったからだ。いわずとしれたジョルジョーネの《嵐》とティツィアーノの《聖母マリアの神殿奉献》(1534-38)である。とはいえ当時の持病がずっと悪化傾向にあったが、ヴェネツィアというカンフル剤のおかげでなんとかもっていた。破局は帰国してからということとなるのだが。

 絵画を専門的にも体系的にも勉強したことがないので、美術館では絵画との格闘でくたくたになる。稲妻=ゼウス、鏡=虚栄、時計=時間、鍵=聖ペトロ、などとたまたま脳に残っている断片的な知識をもとにイコノロジー的解釈を試みていると、結局だれか権威に依拠せざるをえないのではないかと弱気になる。これが建築だと、通説とは異なる解釈をあえてするぞ、などと意気込むのではあるが。アカデミアでは展示の最後がティツィアーノの《聖母マリアの神殿奉献》になっており、階段に腰掛けて、ほとんど放心状態でしばらく眺めることになる。既存の部屋に描かれた壁画なので、絵のなかにドアが食い込んでいるかっこうである。このドアの両側には卵売りの老婆と古代トルソが描かれている。この両者に挟まれたドアから出ることの意味を解説した文章はまだ読んだことがない。

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 ところでジョン・オナイアンズ『建築オーダーの意味』(中央公論美術出版)のなかでこの《聖母マリアの神殿奉献》をくわしく説明している。オナイアンズはつぎのように説明する。建築家セルリオが、ティツィアーノにかなり影響を与えており、その絵画の建築的要素にはその反響が見られる。これはマリアを描くための枠組みに背景としての建築を使っている、その使い方にある。まずマリアが上っている階段は人生の象徴なのであるが、『黄金伝説』によれば彼女は13歳まで神殿のなかにとどまっていたように、階段は13段からなる。つまり1段が1年である。マリアは8段を上りきり、踊り場におり、9段目に足をかけている。ここで背景の円柱もまた、おなじことを象徴している。すなわち彼女は背景にある7本の円柱の前をすでに通り過ぎていて、8本目からまさにぬけだそうとしている。マリアはまさに9本目の円柱である。背景の8本目の円柱もまた、ある意味でマリアそのものであり、なぜなら両者のシルエットは曖昧に解け合っている。列柱は柱のつらなりであることに意義があるように。

 オナイアンズはさらに絵画右下の粗石積みとトルソにも言及している。ルスティカ積みすなわち粗々しい石積みは、力と権威の象徴であり、またすでに廃墟のエンブレムであるが、雑草が生えていることが念をおしている。さらにこのトルソは衣装からすればローマ皇帝か将軍なのであることは自明である。これもまたセルリオが古代ローマ建築をあつかった第3書からの影響である。すなわち権威に満ちた力強いローマ時代はすでには廃墟として過去のものとなっている。時代はすでにキリスト教のものとなりはじめている・・・・という解釈である。

ここで思い出すべきはパノフスキー『ティツィアーノの諸問題』(原著1969;翻訳・言叢社2005)における同絵画の解説である。彼もまた、絵画全体の構図についてはセルリオの舞台デザインからの影響を指摘しているのだが、図像学的分析としてはむしろ別のものに力点をおいている。まずトルソはギリシア、ローマ時代の象徴であり、律法以前を示している。オナイアンズが対象としなかったのは卵売りの老婆である。パノフスキーによれば、風貌と衣装からすれば老婆はあきらかにユダヤ人であり、しかもこの商人が祭儀には必要とされない卵を売っていることは、ユダヤ教は生きてはいるがもはや主要な存在ではないことを意味している。そしてトルソも老婆も、神殿奉献という主たるできごとが発生している場所の外側に置かれているにすぎない。すなわち古代の異教は過去のものとなり、ユダヤ教も傍系となった、キリスト教の勝利である。

パノフスキーの図像学的な分析を前提として、オナイアンズは論を進めていることは明らかである。パノフスキーが扱わなかった、階段や円柱の図像学的解釈はさらに展開するが、しかし老婆への言及は注意深く回避している。パノフスキーは、絵画構成のなかでマージナルな扱いをうけているもの(トルソ、老婆)の意味を際だたせることで、むしろ主要テーマを浮き彫りにしようとしている。いっぽうオナイアンズはその主要テーマそのものを、建築的なイコノロジーにより、解釈しようとしている。

『諸問題』においてパノフスキー自身が図像学的アプローチと様式的それとのバランスを説いているように、訳者あとがきでも、図像と様式の相互関係があるいはそれらの葛藤が描かれる。パノフスキーはティツィアーノにおける「純粋色彩」の発見をことのほか強調する。絵画を図像のシステムとして解釈してゆくとき、絵画は哲学、思想、慣習、などのさまざまな系の網の目に浮かぶものとなるだろう。そして他律的に解釈される。しかしこのヴェネツィアの画家が到達した「純粋色彩」が、ほんとうに近代に成立した「純粋絵画」の先駆けであるとしたら?訳者は、このイコンの深淵と、純粋絵画への希求が、このヴェネツィアの画家のなかで交接しているとするのであるが・・・

いっぽうでオナイアンズの『意味』はまさにこのイコンの深淵を建築のなかに見ようとしている。その意味の積層と厚みや深みを描くことに成功している。いっぽうで、彼はとりあえず純粋建築などというものはまったく念頭においていないようである。むしろイコンの変遷であり、それを古代からルネサンスまで追体験することで、歴史的一体性をもった建築という宇宙を構築しようとしている。

ここで二つのことが指摘できる。まずイコンの体系としても、絵画と建築は異なるのではないかということ。建築オーダーにもウィトルウィウス以来の図像学的意味があったが、そうした建築書の伝統の中で確立された意味の体系と、絵画に描かれた建築の意味体系はそれほど整合していない。画家がインテリであり建築書も読み得たということは部分的にしか発生しないのであろう。さらにオナイアンズは建築をイコノロジー的に解釈することを目的としながら、まさにティツィアーノの絵画のような作品を、一種の建築として、ヴァーチャルな建築として分析している。建築書の宇宙と、建築のそれは、もちろん重なっているとはいえ、まったく別物だということである。さらには建築としての《神殿奉献》はまだ絵画史のなかに位置づけられていない。

もうひとつはイコン的底流/純粋可視性(ヴェントゥーリ)という相克が近代にもみられるという訳者の指摘はそうなのだろうと、建築畑からの同意はできるのだが、しかし建築にはそのままでは適用できないというあたりまえのことでもある。上にパノフスキー解釈とオナイアンズ解釈を比較したが、両者はそもそも前提が異なっている。パノフスキーはティツィアーノにおけるイコン/純粋色彩の諸問題の総体を論じているのにたいして、オナイアンズはイコンの重層としての建築である。いいかえればそもそもパノフスキーはかれなりの絵画のイデアを、オナイアンズは建築のイデアを論じている。両者は交差しない。

建築が外部依存的であり文脈依存的であることは当たり前である。しかし建築家の探求は、そうした他律的な実務の積み上げのなかに、まさにそのなかから、自立的な建築のイデアが発生せざるをえないというパラドクスのなかにある。そうした点では画家とそれほど異なってはいないはずだが、しかし、その純粋建築の立ち上げメカニズムはかなり異なっているような気がする(継続テーマとする)。

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