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2007.08.15

東方旅行(011-012)グラナダ、アルヘシラス、タンジェ

011)1987年12月10日(木)雨:セヴィリア→グラナダ:【移動】鉄道、セヴィリャ発7:45、グラナDscn9604_2 ダ着12:30。1695ペセタ。【宿泊】Hotel Don Juan。ドンファンだけあって?シャワー・トイレ付き。1400ペセタ。【建築見学】グラナダ大聖堂(1523~)は、交差部の脇にオルガンがある。断面はセヴィリャの大聖堂に似ている。身廊と側廊の高さは差がない。もともと起工はトレド大聖堂の建築家エンリケ・エガス(Enrique Egas)による。彼は後期ゴシックの展開を考えており、内陣をとりまく周歩廊は正方形のベイと三角形のベイが交互Blog001_3 にならぶ形式とした。それからここでも交差廊は突出していない。しかしセヴィリアはゴシックであったのに対し、ここでは細部は古典主義的。それもそのはず、シロエ(Diego de Siloe)による16世紀宗教建築の頂点とされたが、彼はブラマンテを尊敬し「ローマ風で」建設したかったのだ。しかしシロエは、1528年にここの建築家に指名されるや、周歩廊の5角形プランを10角形にかえ、巨大なピアをたて、そのうえにドームを架けた。すなわち教会内陣を、ローマ風のロトンダに変換しようとしたのであった。身廊は、柱は古典主義的なコリント式Dscn9600_2であるが、天井は網状のリブ・ヴォールトというハイブリッドなものである。さらに17世紀になると建築家アロンソ・カーノは新サラマンカ大聖堂をまねて、庇のようにせり出したアーチで正面をかざった。つまりツュエッカ(153頁)によればこれは「前方祭室」であり、建物本体の前面におかれたもうひとつの奥行きのない建物であって、アラブの水平で人間的なスケールにかわって、垂直で巨大なスケールをもたらすものであった。

012)1987年12月11日(金)雨:グラナダ→アルヘシラス→タンジェ:【雑用】手紙、スライド、絵はがきを日本に送る。【宿泊】宿泊費、食費をホテルに払う。2500ペセタ也。400フランを換金、7530ペセタ。グラナダからアフヘシラスまで鉄道で300km、1255ペセタ、12:45発。【雑感】スペインの印象。建築的に面白いとは思えなかった。ヨーロッパとイスラムの辺境でもあり、歴史的に、16世紀をのぞけば、冨の蓄積はそれほどなかった?大メセナもいたはずなのに、それを感じない。大理石や良質の石材はそれほど見られない。レンガは地中海的なもの。壁面も、レンガは薄っぺらく、モルタル層は厚い。ローマ時代の遺産というべきか。教会とモスクの対比。セヴィリャのようにキリスト教教会はたいへん大スケールで、人間的なスケールを超えている。それは神のスケールである。それに対しイスラムの建築スケールはたいへん人間的である。力の表現のようなものは見られない。モスクは人びとが集う広場のようなものである。しかし神は他の場所にいるかのようである。【移動】ジブラルタル海峡を渡る。船、アルヘシラス→タンジェ、20:00発。Bクラスで2550ペセタ。両替1000ペセタと300フランを415DH(ディラーム)。船中に人はまばら。季節ではないのだろうか。【宿泊】Tangerの宿。Pension Tan-Tan、「タンタン」である!17号室。二人部屋。水、オレンジ、甘味を買う。17号室は屋上テラスに面するペントハウス。テラスからは海が見える。

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