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2007.08.09

東方旅行(007-008)エル・エスコリアル、マドリッド

00719871206日(日)エル・エスコリアル:【移動】マドリッド・アトーチャ駅からエル・エスコリアルまで鉄道、60km265ペセタ。入場料300ペセタ。建築見学エル・エスコリアル。16世紀後半、フェリペ2世のため、ホアン・バウティスタ・トレドとエレーラが設計・建設したもの。教会は、ギリシア十字平面で、中央にドーム、石は安っぽい。パンテオンは王の墓。図書館にはアラブの文献、地球儀、天Dscn9699_2 井画(文学、音楽、数学、幾何学、天文学のエンブレム)。正面ファサードはドリス式、イオニア式の二層構成。誤ってイエズス会式と呼ばれているファサードである。比例はよいが、メリハリがない。花崗岩は古典主義にはあわないのだろうか。---『ウィトカウワへの献呈論文集』のなかでルネ・テイラー(Rene Taylor「建築と魔術:エル・エスコリアルの構想にかんする考察」を寄稿し、フランシツ・イエイツの助力も借りつつ、この宮殿が神秘主義、ヘルメス主義的な発想で満ちていることを述べている。フェリペ2世の庇護をうけた建築家エレーラは、ルルス(13世紀から14世紀にかけて活躍したカタルーニャの神秘主義者)の影響をうけてヘルメス主義を信奉するようになった。膨大な蔵書のなかには、ヘルメス・トリスメギストゥス、プロティヌス、ピタゴラス偽書などの古代の著作、ピコ、フィツィーノ、ジョン・ディーらのルネサンスの文献があった。これらはイエイツらもしばしば解説している。そしてエレーラは、ウィトルウィウス建築書といった芸術を魔術的に解釈するようになる。ヴィラウパンドゥスのソロモン神殿復元図、ウィトルウィウス的人体、やはりウィトルウィウス描く劇場など、の図式が含まれているという。なぜかくまで意味が込められるかと いうと、このエスリアル宮殿は第二のソロモン神殿であり、なぜならフェリペ2世は現世におけるイエルサレム王ソロモンであるからであった。その意図を強化するために、宮殿の平面にはフェリペ2世が誕生したときの星の配置が反映されている。----コテコテの新プラトン主義的視線からのDscn9697_2 解釈であった。70年代、たしかにそれは建築解釈の思潮であった。こうしたことの余韻が残っていた時代に建築を勉強したので、それなりに興味があった。だからわざわざ訪れた。しかし現地にたたずむと、空間的にも装飾的にも感激がない。その時点ですでにノスタルジーとなっていたということか。あるいはその流行にかぶれていたぼく自身の記録ということになるのだろうか。【感想】スペインはまったく面白くない。まずローマ的偉大さがない。ヨーロッパの辺境、かつイスラムの辺境。レストランは安くはなく、おいしくもない。酒は安くておいしい。【移動】鉄道でマドリッド・アトーチャに戻り、王宮と博物館を見学。とくに面白くもなく。

00819871207日(月)マドリッド:【ヴィザカード】で2万ペセタ引き落とし。アルジェリア大使館にパスポートを預け、ヴィザを支給してもらう。【建築見学】王宮。18世紀のもので、ベルニーニのルーヴル旧案を踏襲したもの。階段室、チャペル、中国風装飾の間。いくつかの教会堂、とくに面白くもない。コルドバまでの切符2500ペセタ也。

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