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2007.07.26

【書評】『建築をつくることは未来をつくることである』TOTO出版

 『建築をつくることは未来をつくることである』(TOTO出版)をいただいたのでコメントしたい。まずは御礼申し上げます。

070725  今年スタートした横浜国立大学大学院の建築都市スクールの、事実上のマニフェストである。建築をとおして社会や未来にかかわってゆけることが謳われている。巻頭の「非・消費的建築鑑賞エクササイズ」は、プレゼンテーションの形式としても面白く、ピュージンの『対比』を思い出させるが、むしろポジティブなパラレリズムであり、過去のプロジェクトと、山本理顕、北山恒、飯田善彦、西沢立衛の作品とを対比させ、その共通するコンセプトを明らかにしている。たとえばライトのブロードエーカー・シティと西沢の森山邸は、「自分の生活そのもの」に立脚した都市計画であることが協調されている、といったあんばいである。

 四者のディスカッションが大部分を占めるが、当然、校長である山本理顕がリードしているように読めてしまうのは仕方ない。彼はミシェル・フーコーの理論を下敷きにして論を展開しているような印象であり、ディスカッションをつうじて標準化、20世紀的プロジェクトとしての住宅、均質化、60年代の共同体批判と最近の共同体回帰、標準化された主体、脱主体、コミュニケーションなどを論じている。レム・コールハースが建築を問題の解決としてクールかつ機械的なそぶりで設計したこと、つまり外在的要因への諸対応として建築を構想すること、が指摘されている。このことの位置づけはまだ明快ではないように思える。

 こうしたテーマ群から感じられるのは、それらはすべて20世紀のものではないか、ということである。つまり建築におけるコンパクト化、標準化、多様化といった志向、社会における共同体の解体と再構成は、場所によって現れ方を変えながらも共通するものである。PCやネットによるコミュニケーションも、ドラスティックな変革の一段階ではあっても、同様な断絶はどの時代にもあるからそこだけを特別視できない。

 そもそも建築によって社会を構築する、しかも上からの指令ではなく、フラットで民主的ななかで、という発想こそ20世紀的なもののはずである。しかしこの「社会」とはどこのことであろうか。本書で物足りないのは対象としているはずの「世の中」や「社会」が、建築家の抜き差しならぬ経験に立脚しているはずで、個々の記述は生々しいのに、なぜかユートピア的=非場所的に感じられることである。おそらくこの場合「社会」とはじつは施主や他者のように、建築家が選択できない、そこに投げ込まれるだけの状況であるからだろう。だからやはり自由職業としての建築家が前提である。その意味でも20世紀的なのである。

 仮説としていうと、20世紀の可能性は、まさにその20世紀の困難によってじゅうぶんには展開されなかっおた。だから21世紀における可能性は、その20世紀において挫折したか萌芽的であるにとどまったさまざまな発想や試行ではないか。本書において主張されているのは、また横国のスケールで目指されているのは、挫折した20世紀の復活なのかもしれない。別のいいかたをすれば、21世紀はまた別のものになるとしても、結局、20世紀あるいはもうすこし幅をもたせて19世紀以降の近代がひとつの文明インフラとなって、そのうえで21世紀は展開するのかもしれない。古代ローマは滅んでも、道路網だの宗教だの、文明インフラを残した。では近代においてはなにがそれに相当するか、を考えてみることが生産的であろう。

 20世紀は自分のことばかりを考えていたかもしれない。折衷主義の19世紀建築は、別の世紀の建築のことばかりを考えていた。21世紀はむしろ19世紀型なのかもしれない。その時その時は大変だが結局退屈な21世紀であっても、滅亡するよりは結構なことである。

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