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2007.07.05

ブルターニュ高等法院の政治的位置と、現代建築のそれを比較してみる

 レンヌにある高等法院(Parlement)は、17世紀の建物である。地元の建築家ゴチエが基本設計をし、パリから派遣されたサロモン・ド・ブロス(ルクサンブール宮をマリー・ド・メディシスのために設計した)が推敲して設計した。地域的なマニエリスムの原案を、より力強いバロック様式で飾ったという歴史的評価がなされている。

 堅固な基壇のうえに、ドリス式のカップルド・ピラスター(対になった付柱)がリズミカルに並ぶ構成であり、イタリア的な表現である。ただし外部階段があった中央部分と、張り出している両端部分が強調されているのは、フランス的である。

070706_parlement_1

 今回強調したいのは、地上階が赤っぽい花崗岩であり、2階部分が白っぽい石灰岩であることだ。この花崗岩は地域の建材であり、ブルターニュの地質と風土の象徴である。いっぽう石灰岩はパリの建築に多用されるのである。すなわちブルターニュは粗いルスティカ仕上げされた地元の花崗岩による基壇、そのうえにあるのが、この地域を支配するパリであり、それが白い花崗岩でできたより知的で文化的で洗練されたドリス式オーダーの柱割りで飾られている。支配/被支配、上位/下位が露骨に表現されている。

 これは絵画において擬人化された正義、悪、虚栄、時間などが描かれ、紋章として家、王室、国などがエンブレムで表現されるのとほとんど同じ構図である。

 ブルターニュ高等法院はこの地域では最高法院であるが、ブルターニュがフランスに統合されたときに、パリ高等法院の下位に位置づけられた。王室のもとで地方圏を代表する都市としてレンヌの重要性が示されるとどうじに、その王国への従属性が決定づけられた。それが建築ファサードに表現されている。

 これを現代建築と比較してみよう。ポルツァンパルクが設計したやはりレンヌ市の最新作シャン・リーブル(図書館、博物館などの複合文化施設)もやはり、ガラス張りの地上階のうえは、赤っぽい石質素材の帯状壁面である。これはやはりブルターニュの花崗岩かそのもどきである。すなわちポルツァンパルクもまた、17世紀の建築家のように、花崗岩をリージョナルな固有の素材として意図的に使用しているのである。

070706_portzanparc

 しかも時代背景として興味深いのは、まさにブルターニュのリージョンとしての固有性である。それまで独立の公国であったブルターニュが王国に統合されたが、従属的でありつつしかし高等法院を建設してその司法的固有性を主張できたのが16世紀から18世紀であった。ところが19世紀と20世紀は中央集権の時代であり、地域圏は廃止され、より細やかな県単位の行政組織が設置された。しかしEU統合への動きと平行して、すでに1980年代前半に、地方分権法ができ、かつての地域圏あるいは州は、ほぼそのまま復活されて現在のリージョンとなっている。

 こうしてみるとブルターニュがそのはっきりした輪郭をもっていた時代、17世紀はパリから派遣されたド・ブロスが高等法院を花崗岩でかざり、あらたなリージョンの時代である21世紀にはポルツァンパルクがやはり花崗岩をもって文化施設を飾る。そこにもちろんさまざまな差異はありながら、ほぼ同様な構図を感じることはできないだろうか。ぼくはそれくらいのパースペクティブをもって、ヨーロッパの現代建築は語れるものだと思うし、そう語らねばならないと考えている。

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