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2007.07.04

藤森照信論(1)赤派/白派という二元論をいかに発展的かつ好意的にのりこえるか

藤森照信が快走している。ヴェネツィア、発表作品の数々、出版・・・・。でありあがらなかなか総括できないような雰囲気もある。現在進行形の建築家だからあたりまえなのだが、いずれ歴史家はそれを歴史的に位置づけなければならないから、その建築論なり建築をいかに飼い慣らすか、いろいろ試案が出されてもいい。

周知のように、まず建築史家であり、日本の近代建築の通史をまとめながら赤派と白派を区別する。かつ建築家としては徹底的に赤派であり、赤派としての方法論を展開している。赤派の建築家は、石山修武や藤森自身のように実在感や身体性を重視する。白派の人々は伊東豊雄のように抽象性を指向する。

この赤派/白派は、本質的には前近代/近代と言い換えられるし、グレー/ホワイト、明治建築/大正建築、オス派/メス派というそれまでの二元論とそれほど異なるものではない。

グレー/ホワイトとは戦後一時期のアメリカ建築界の構図をあらわすものとして使われた。グレー派とはチャールズ・ムーアのように職人技や土着性を重視し、いわゆるバナキュラー(普遍的合理性ではなくその場所で成立する方法論)でアノニマスな(アーティストではなく職人)ものを追求する。ホワイト派はとくにル・コルビュジエの建築などを知的に解釈し、抽象的な理論を構築するし、その建築は白い幾何学的なものとなる。西海岸/東海岸とも言い換えられる。

明治建築/大正建築、オス派/メス派とは長谷川堯が1970年代に展開した二元論である。社会そのものを構築しようという意欲に燃えた明治建築は、西洋の古典主義にもたとえられ、国家の偉容を示すといった時代の課題に正攻法でいどむ。ゆえにこれはオス派である。これにたいし大正時代の建築家たちは、そうした大建築ではなく、住宅や店舗などむしろ私性の表現としての建築表現に徹底的にこだわり、自分の「実存」(長谷川はこの言葉を多用した)に創作の根拠をおいた。長谷川はこうした一派をメス雌と呼び、歴史的忘却のなかから救出し再評価しようとした。

藤森の二元論はこのようにとくに新奇なものではない。ではなぜいまさらこのような構図が語りのなかでくりかえされるのか。それは建築家としての藤森の創作の根源を説明するかもしれないという期待があるのと同時に、基本的には前近代/近代の対比であった赤派/白派が、近代建築運動はとっくに終わっているのに、ポストモダンすらすでに過去のものとなっているのに、いまさらなぜこんなアナクロニックな二元論なのか、とすくなくともインテリは思っているからである。時代錯誤そのものは悪くないが、それが堂々と成立する場合はなんらかの説明と理解が必要であろう。藤森の周囲にいるインテリたちが直接の批判は避けながら、フラストレーションにさいなまれるのがそこである。

この欲求不満を解消するとしたら、そもそも近代という時代区分を建築的了解から解放しなければならない。つまり建築において近代とは近代建築運動を意味していたが、実際は、後者は前者のごく一部を構成するにすぎない。

ところで「二元論」を辞書やウエッブで検索すれば、まっさきにゾロアスター教がでてくる。これは善悪というきわめて理解しやすい構図であり、しかも善は悪に勝利することはあらかじめ決まっているのであって、いいかえれば、悪は悪であることによって善を善たらしめるような仕組みである。これは絶対的二元論である。

いっぽう言語の根本的構造である、はい/いいえ、イエス/ノーはむしろ相対的であるといえる。つまり肯定するか否定するかはそれぞれの人の自由な意思表示である。イエスという答えと、ノーは論理的には両立しないが、いやよいやよも好きなうちとか、心変わりだとか、この二元論は変化も交換も可能であり、けっこうバイラテラルなのだ。

赤派/白派にもどれば、まず概念規定があまりに曖昧で、なんでも言えるのであって、基本的にはつねに藤森の定義に依存していることが指摘できる。さらに前述の例からいえば、これはイエス/ノーの構造にちかい。つまり白派はモダニズムであり、赤派はモダニズムの否定である。上に前近代と書いたが、アーツ・アンド・クラフト運動における中世はすぐれて近代的理念であったように、この前近代は、反近代、非近代などの総称である。つまりモダンを知った人間が、それにたいしてノーをいうための否定詞である。

さてこのように赤派/白派は、藤森固有の文脈もありながら、きわめて緩くて広い枠組みであることが理解される。それを曖昧だというのは批判者自身の可能性を狭くすることになるのであって、ここはむしろ批判者がその枠組みをより広げるなり、具体的に言い換えるなりして、展開することである。次回からそんなことを書いてみたい。(続く)

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