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2007.07.15

【速報】ブロワの国立自然ランドスケープ大学は新校舎に移転

 LeMonde.fr(2007年7月14日16:19)によると、1995年ブロワ市に設立された国立自然ランドスケープ大学はしばらく仮校舎にいたが、このほど正式のすみかをみつけたようです。プラン・チョコレート会社の工房建物であり、これは1919年に建設されたもの。1991年に閉鎖されたが、工場は取り壊しがはじまり、中心部分のみとなっていました。

 1992年、当時ブロワ市長であったジャック・ラングにより学校設立の計画がはじめられました。学生数は135人、課程は5年、学位はエンジニア(というころはディプロマ?)。学長の談話によれば「ランドスケープ・エンジニアを育成する・・・このエンジニアは、区域を診断し、課題を定式化し、管理運営を想定して実施できるプログラムを策定してそれにこたえる能力が求められる・・・」。

 (フランス語ではペイザジスト、英語ではランドスケープ・アーキテクトという言葉があるのに、あえて景観のエンジニアといっています。)

 旧工場は第一次世界大戦前、スイス人エンジニア・ロベール・マイヤールによってマッシュルーム工法により建設されていました。彼の名はギーディオン経由で日本人の耳にも親しまれている。たいへん特徴的な工法であり、歴史的建造物追加目録にリストアップされています。

 パトリック・リュバンがこれを学校とするための最小限の補修をおこなったそうです。

 マイヤールのほとんど1世紀前の建物がどうコンバージョンされたか写真を見たいものですが、学長の、区域(territoire)を診断するエンジニア、という表現は歴史的な流れでみるとおもしろいというか、きわめて当然です。つまりテリトワール(テリトリー)とは上のように区域と訳すのが自然ですが、領土とも訳せます。またエンジニアは、シビルとミリタリーがあったことも承知です。つまりぼくがいいたのは、庭園も含めフランス的景観が確立されるのは17世紀ですが、この世紀、ルイ14世が国土を戦争によって獲得し、そのため、あるいはそののちにエンジニアをつかって運河や道路や港湾や橋梁を整備させといったように、景観を整備させています。ルノートルのいわゆるフランス式庭園は新しくできていたこうしたフランス式景観をそのまま庭園に持ち込んだ(大運河!)という位置づけもされているからです。

 つまり近代のランドスケープとは、すぐれて自分の領土をどう眺めるか、からはじまりました。領土をまず整備するのはエンジニアです。・・・しかしこのことは、グローバル化とユネスコ文化遺産的枠組みのなかで曖昧になってきています。

 ちなみにルイ14世は、あらたに国土を地理学者に測量しなおさせました。するとそれまで考えられていたより国土は小さかったことが判明しました。すると王は「地理学者は世から領土を奪った」と嘆いたそうです。

 診断という概念も、ようするにあらたに獲得した領土の、地質、地形、植生、気候などを徹底的にスタディしたことにならっています。都市計画でもランドスケープでも、まず悉皆的、システマティックなスタディが基本です。

 ですので日本でも旧土木が近年ランドスケープにアプローチしているのはまったく当然のことです。しかしそれをきわめて日本的に、実用+美、というようなへんな二分法をもうけるのではなく、下部構造とその上のものの一式、というような本来のやり方に戻るべきと思います。たとえば建築物の美的価値などすでに判断されて終わっているようなものですから。それが大地とどう関係づけられるかにランドスケープ的視線はかかわっているはずです。

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