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2007.07.07

藤森照信論(3)ラムネ温泉をめぐる考察---料理の三角形!?

 二元論を展開するまえの予備スタディをつづける。

 去年「ラムネ温泉」について書いた記事を再録しつつ進めるが、これはレヴィ=ストロースの「料理の三角形」の概念を応用したものだ。藤森において、「生(なま)」は通常の木材など、「火をとおす」はこの「焼杉」構法(記事のなかでは腐敗に位置づけているがやはり火をとおすに修正する)、「腐らせる」は銅板の腐食など、である。1970年代にはやった文化人類学の構図はそっくり藤森建築にみられる。

 彼は歴史家として二元論を多用してきた。煉瓦のイギリス積/フランス積、留学先のイギリス派/フランス派、などである。自身が建築家になるにおよんで、藤森にレッテルをはろうとする建築史家はいない。赤派/白派だけは、みずから赤派だと認めているようで、これは例外的だが、ようするにモダンではないという意味だから、レッテルには該当しないように思える。

 去年の原稿における論考を発展させるとすれば、三項図式は二元論を脱構築させるかもしれないという期待がある。ただしここでも述べた視覚的/触覚的というこれもまた二元論は、ウィーン学派でさんざん展開されたものだから、もはや可能性があるとも思えない。

 下の原稿では派生的テーマとして触れた、縄文建築団のような素人業の位置づけであろう。これには別稿をもうけなければならない。彼の展開するさまざまな素人技術、素人技は、もちろん意図的であるのだが、縄文/弥生、洗練/素朴、近代/土着、普遍/固有といった二元論から論じることを、藤森自身がそれほどしていないことは注目される。つまり唯我論的な拒絶、あるいは自己正当化のポーズであるように思える。(つづく)

【再録】毎日新聞西日本版夕刊・2006年4月下旬・「景観を読む」シリーズ
発酵する建築  藤森照信「ラムネ温泉」

070707_2  いわゆる「野蛮ギャルド」建築家である藤森照信さんと熊本で活躍されている建築家入江雅昭さんが共同で、大分県竹田市にラムネ温泉を去年建設した。道に面した庭にソバと麦を植えている。外壁面は、黒い焼杉と白い漆喰のコントラストが鮮烈だ。屋根は銅板葺き、その頂上には松が植えられている。背景の山の緑とはぴったりフィットしている。
 藤森さんはもともと日本の近代建築史の専門であり、膨大な業績を築いてきた。そして一〇年ほどまえ神長官守矢資料館で作家デビューしていらい日本を代表する建築家となった。素材そのものの味わい、素人の手作業が生み出す素朴さ、タンポポハウスやニラハウスといったような自然との共生、古代や先史時代へのイマジネーション、といった特徴がある。このラムネ温泉は彼がこれまで試みてきた手法を、手慣れたものとして存分に使っており、安心感を与える。
 素人目にはエコロジー志向の当世風ということになろうが、しかし専門家にとっては解釈するのに困難な建築家でもある。
 まず学祖である村松貞次郎の反近代主義的な思想を受け継ぎ、看板建築や路上建築学会などにみられるように、それまで価値なしとみなされてきたB級建築を意図的にとりあげてきた。
また縄文建築団という素人ボランティア集団の手作業により建設工事をやらせ、専門家による洗練した仕上げをわざと避け、素人の朴訥な仕上げをわざと見せた。
 こうした意味では、研究生活の延長として創作活動があるように思える。
 しかしいっぽうで建築家としては他の建築家を批判的には語らない。学者が創作家になるとき、えてしてある作品を批判して自作を位置づけるというかたちになりがちだ。しかし彼が見た多くの建築を引用するときも、方法論やイデオロギーにそれほど頓着しているようには思えない。だから他の建築史家が彼を批評しようとしても、どこに焦点をあてていいか、とまどっていることが多い。藤森さんはむしろ、しかじかの部分の建材、その材質感、収まりなどに集中している。つまり視覚的でも観念的でもなく、きわめて触覚的なのである。
 素人として建設工事に参加するといっても、職人の手業をそのままなぞるのではない。銅板をわざとおおげさに曲げてみたり、木の幹をチェーンソーで削って仕上げとしたり、意表をついた造作を創案し、それが新鮮な表情をあたえる。その意味でも触覚的で、反近代的なのだが、本人はそれをことさら協調することもない。
 私見によれば、彼が反近代的なのは、そうしたイデオロギー論争的な組み立てそのものを無視してしまうことにある。終戦直後に、洗練された弥生的造形と粗野な縄文的造形の二元論が論じられたことがあり、その延長でいえば、彼は縄文的なのであるが、それをみずからの立脚点にしようとはしない。そうしたスタンスの取り方にこそ、彼の戦略があるような気がする。つまり建築史家であったころは、赤派と白派など、レッテル貼りが得意であった。しかし彼自身が建築家になるにおよび、徹底してレッテルを貼られることを回避している。
 そうした彼のお気に召すかどうかはしらないが、そのラムネ温泉を解釈するために、二〇世紀フランスを代表した人類学者レヴィ=ストロースの理論を借用しよう。つまり料理の三角形という概念だが、あらゆる料理法は生、火をとおす、発酵させるという三種類に分類される。これと同じことが藤森建築にもいえそうだ。生は、草庵や床柱など材木をそのまま使うやりかたである。火をとおすのは、製材した木材だと解釈したい。発酵とは、ラムネ温泉でいえば、焼杉の外壁であり銅板葺きの屋根である。
 焼杉を、火ではなく発酵させた料理に類推させるのは根拠がある。発酵とは、微生物の作用により糖分が有機酸や炭酸ガスとなることである。つまり組成が変わるのである。だから杉を焼いて、通常のセルロースを炭化させるのは、組成を変えるという点では熱ではなく発酵に近いのである。ラムネ温泉の焼杉は商品化されているものに比べて遙かに炭化相が厚く、ざっくりしているのが特徴だ。おなじく屋根の銅板も錆びることで、すなわち酸化することで組成を変えて美しい緑青となる。
 組成が変わるということは近代建築では劣化であり、初期の性能が衰えることであった。しかし藤森さんのラムネ温泉は、発酵する建築であり、組成の変化によって豊かなものとなる。それをエイジングの美学だの、わびさびなどといってイデオロギー化しようとしないのがよいのである。

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